もうひとり。我が家にお客様がやってきた。ロシアのユーリ・プリセツキー。直接話したことはないけれど、何回か遠くから彼の姿を見かけたことはある。彼はどうやら2階の物置に泊まることになったらしい。

『えぇぇ!?2階の物置!?』
「そう。あ、理瀬があそこに突っ込んでた布と作品たちは箱に入れて理瀬の部屋の前に置いておいたから」

お姉ちゃんの言葉に、全身から血の気が引いていくのが分かった。マズイ…たしかあそこにはあれを仕舞っていた気が。

「え?ちょ、理瀬!?」

突然走り出した私に驚いたお姉ちゃんの声が背後から聞こえたけれど、今はそれどころではない。


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急いで階段を登って部屋の前を見ると、そこに箱はなかった。きょろきょろと辺りを探しているとヴィクトルが部屋から顔を出した。

「あ、リセ!丁度いいところに。ちょっとこっちに来てよ」

なんだか嫌な予感がする。恐る恐る彼が泊まっている部屋の前に行くと、その嫌な予感は的中していた。彼の手には、先程お姉ちゃんが言っていた私が作った物の数々。そして、1番上には私が最も彼に見られたくなかったものがそこにあった。あ...私の人生終わった。

『あ、あの…それ、』
「ユーリに聞いたよ!これ全部、リセが作ったんだって?すごいよ!」
『いや、でも素人の私が作ったものだからそんなに再現度は高くなくて』
「ワァオ!これで再現度が高くないの!?着てた俺でも本物かと思ったのに?」

あぁ、恥ずかしい。その衣装を着たヴィクトルが格好よくて、思わず作ってしまったそれ。まさか本人にマジマジと見られてしまう日が来るなんて…穴があったら入りたい。
あまりの恥ずかしさに両手で顔を隠していると彼に名前を呼ばれる。ゆっくりと両手を顔から離して顔をあげれば、彼はそっと手を伸ばして私の頬に触れた。

「ねぇ。リセ、」

彼の宝石のような瞳に私が映る。

「もっと自信を持っていいと思うよ。ピアノも、この衣装も、全部」
『でも、』

私より上手い人なんてこの世界にはたくさんいる。そう思うと自信が持てなくて、自分は何の取り柄もない人間なのだと。お兄ちゃんのようにはなれないのだと、いつからか思うようになっていた。だから今更自信を持てと言われても、私は自信の持ち方が分からないのだ。

「リセ」

気がつけば私は彼の腕の中にいた。

「それじゃあ、これだけは覚えておいて。俺はリセの手が奏でる音楽も、作りだす服も全部好き」
『あ、ありがとうございます』

耳元で聞こえる彼の声に背中がゾクゾクする。

「もちろんリセのことも好きだよ」

あぁ、きっと彼は私の恋心に気が付いていないんだろうな。今の彼の言葉は、恐らくLoveではなくLikeの意味だろう。"初恋は叶わない"というのは本当なのかもしれない。まぁ、私の場合は初めから叶わないことは分かっていたけれど。
だからこそ、

『私も大好きです』

神様、お願いです。もう少しだけ、彼の近くに居させて下さい。


2017.2.4