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 硝子越しの体温

「犯罪係数・オーバー160・執行対象です・セイフティを解除します」



嘘であってほしいと思った。



目の前にいる結は事件に巻き込まれただけなのに

はやく彼女のそばに駆けよってやりたいのに

小さいころから泣き虫な彼女はきっと不安で泣きたくて仕方ないはずだから

俺がそばにいて抱きしめて安心させてやりたいのに






どうして俺は彼女にドミネーターを向けているのだろうか。





パラライザーであろうと彼女を撃ちたくないのに

脳が命令しても、体が動かない。




気がつけば俺はドミネーターから聞こえてくる音声に従うようにトリガーに指をかけていて、

結のほうを見れば驚いた表情をしたかと思えば、困ったように笑いながら俺のことを見上げていた。

それから彼女はゆっくりと悲しげに言葉を紡ぐ。




『ごめんね』




何に対する謝罪だったのかなんて考える余裕なんてなかった。

結が言い終わると同時にドミネーターのトリガーが引かれ、

目の前の彼女がゆっくりと倒れていくのを俺はただ呆然と見ていた。







***





数日後




結の容態が回復し、面会できる状態になったとの報告を常守監視官から受けて矯正保護施設へと急いだ。

結を撃ってしまった後悔や気まずさよりも、

ただ会いたいという想いだけで俺は車を走らせた。





ひさびさに会った結は以前の彼女のままで、

俺が面会室に入るとひらひらと手を振ってきた。




『宜野座くん、この前は迷惑かけてごめんね』

「おい。謝る前にお前はこの状況を分かっているのか」




椅子に腰掛けて出掛ける間際に受け取った資料に目を通す。

何度見てもそこにはあの日以来、結の上がりっぱなしの犯罪係数が記録されていて

潜在犯としてここに収容されることは避けられないことを示していた。





『宜野座くん、眉間に皺が寄りすぎ』





資料から視線を上げればにこにこと笑う結。

だけど、すぐに悲しい表情をして俯いた。





『わたし、潜在犯になっちゃったんでしょ?』

「分かっていたのか」

『うん。だってあんなの目の前で見ちゃったら、色相濁るのはわかっていたから』






そうか、と俺が一言返せばこの部屋は静寂につつまれる。



潜在犯落ちしたことを伝えたら、これ以上ここにいる必要などないのに俺は出て行こうとしなかった。

結と会うことができるのがこれが最後のような気がしたから。





結とは小さい頃からずっと一緒にいて、

気がつけば俺は彼女のことが好きになっていた。

だけど、居心地の良いあの関係を壊したくなくて

俺は今日まで境界線を踏み越えることをしなかった。



なんて臆病者なんだろう




もし、俺が境界線を踏み越える勇気があったとしたら

彼女があの事件に巻き込まれることも

犯罪係数が上がることもなかったのだろうか。



気がつけば俺は彼女を守れなかった後悔と自分の無力さに腹が立ったためか、

拳を握る手に力が入っていた。





しばらく続いた静寂を破ったのは結のほうだった。

俯いていた顔をあげた彼女は、俺が今まで見てきた中で1番弱々しく見えた。





『最初で、最後のお願いきいて?』





笑いながら泣いている彼女がとても儚く見えて、

思わず抱きしめようと手を伸ばす。

だけど、その手は彼女に届くことなく、透明な壁に阻まれてしまう。



結が透明な壁のむこうから俺の手にそっと自分の手を重ね、額を壁につけたので

俺もつられるようにして結に顔を近づけた。





『お願い、キスして』





今にも消えてしまいそうなほど小さく、震えた声。


静かに目を伏せてそっと唇を壁に寄せた結の

最初で、最後の願いを叶えるために

彼女への愛を込めて

伝えられなかった彼女への想いが届くように願いを込めて

俺は、自分の唇を冷たい硝子越しに彼女の唇に重ねた。






子越しの体温






(それはとても冷たくて)

(失ってからから気がつく僕は愚かだ)


2013.3.16
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葵様リクエストありがとうございました。
宜野座さんをリクエストして頂けると思っていなかったので
とても嬉しかったです!
書き終わってみて、若干切甘の配分を間違えた感が...。
甘いの何処?って感じになってしまってしまいました。
相変わらずの稚拙な文章で申し訳ないです(>_<)
素敵な設定を頂いて、いろんな曲を聴きながら書かせていただきました!
リクエストに応えられた内容になっていればいいな...と思います。
素敵なリクエストをありがとうございました!
藤堂