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 喜劇は始まった幕を上げろ

『最近は、色相も安定しているみたいだし大丈夫そうだね』

「そうか、」



よかったとほっとしている宜野座くん。

わたしも彼の担当として、内心かなりほっとしていた。

せっかく宜野座くんに指名までしてもらってカウンセリングさせてもらっているのに、悪化させてしまったら申し訳なさすぎる。





机の上に散らばった今日の診断書をまとめながら次のところに行く準備を急ぐ。





あれ

刑事課の二係ってひとつ上のフロアだっけ?






『宜野座くん』

「なんだ」

『刑事課の二係ってどこだっけ?』





かなりの間があったあと、宜野座くんが盛大にため息を吐いた。





も、申し訳ない。

だってわたし、方向音痴だから




心の中で言い訳をする。




宜野座くんは椅子から立ち上がり扉のほうに向かったので、

わたしも急いで追いかける。

なんだかんだで宜野座くんは優しいから

ちゃんといつも案内してくれるのだ。




***




「縢くん、宜野座さん知らない?」

「そこらへんにいないの?」

「うん。そうなんだよね」

「ふーん。俺も暇だし、ギノさん探すの手伝うよ」




という流れで縢くんと一緒に宜野座さんを探しはじめてから20分。

全くと言っていいほど見つからない。

公安局の中にいるのはわかっているんだけどな。

適当に通路を歩いていると吹き抜けのところから何かを見ている縢くんがいた。




「縢くん、どうかしたの?」

「朱ちゃんいいところに!」




あそこ見てみてよ、と楽しそうに縢くんが指差すほうを見れば



「宜野座さん?」



宜野座さんが女性の手を握って歩いている姿。



「そう!面白そうだから、行ってみようぜ」





最近、思うのだが

宜野座さんが可哀想で仕方ない




***




『宜野座くん、ここさっきも通らなかったっけ?』

「通ってない。ここが二係に行く最短ルートだ」




俺がそう言えば、そうなんだーとなんとも呑気な返事をする結。

実際のところは、結が言う通り何度も同じ場所を行ったり来たりしている。




迷ったわけではなくて

俺が結ともう少し一緒にいたいから。




こういうとき、結が方向音痴で本当によかったと思う。




「そう言えば、今週の日曜日空いているか?」

『たしか、空いてるはず』

「そうか。なら、」



一緒に出かけないか?と続けるはずだった。



しかし




「ギノさんが女の子をナンパするなんて珍しいっすね!」




にやにやと笑う縢の登場によって続けることができなかった。




「なっ、ナンパ!?」




食事に誘うのはナンパに入るのかとひとり悶々と考えていると

となりで結がくすくす笑いだした。





『宜野座くんが、ナンパだって!なんか笑えるね』





相当可笑しかったのか、結は涙を拭っている。

大切な場面を邪魔された俺は縢を睨む。





へらへらと笑う縢の横には、

いつの間にか息を切らした常守監視官がいて

縢の頭をものすごい勢いで叩くと

気絶した縢をズルズルと引きずって

もと来た道を戻っていった。


そして、その様子を俺と結は静かに見守っていた。





は始まった幕上げろ







『宜野座くん、ナンパの続きしてくれる?』

「ナンパじゃない。それよりはやく二係に行くぞ」

『えー』

「とりあえず、今週の日曜は空けておけ」


2013.3.21
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優姫様リクエストありがとうございました。
タイトルはとある作家さんの言葉を参考にさせていただきました。
リクエストにお応えできるお話になっていいのですが...。
稚拙な文章で申し訳ないです。
リクエストをありがとうございました!
藤堂