「やっとメルと2人きりになれました。1日会えなかっただけなのに、100年くらい会えなかった気分です」
『100年って、そんな大袈裟な』

くすくすとわたしが笑えば、レギュラスは「本当です」と不服そうな顔をして言った。お城ではまだダンスパーティーが続いているらしく、中庭まで音楽が聞こえてくる。わたしがふと、お城の方に顔を向ければ彼もつられるように同じ方を見た。

「中で踊りたかったですか?」
『ううん。だって、ちゃんと練習もしてないのに中で踊ったら恥をかくだけだから。それに、』

レギュラスと2人きりでいたいから。100年とまではいかなくても、私自身も寂しいと思ったのは事実。さっきまで絶望のどん底にいた私に足りないのはレギュラスだ。
静かに降り積もる雪の中。中庭のお気に入りのベンチに並んで座るわたしとレギュラス。ベンチの上に乗せていた右手を滑らせてそっと彼の左手に触れると、彼の手はとても冷たかった。

「メルの手、冷たいです。女性が身体を冷やしたらダメですよ」

レギュラスはわたしの右手を取ったあと、そのまましばらく何かを考えているのか動かなくなった。レギュラス?と声を掛ければ、彼ははっとして元に戻った。それから、わたしの手を取ったままレギュラスが立ち上がったかと思えば、彼はお伽話の王子様がお姫様にするように、ベンチに座るわたしの前に跪いて指先に唇を寄せた。突然の彼の行動に、わたしは目を大きくして驚くことしかできない。

『れれれれ、レギュラス!?いきなりどうしたの』
「ふふ、そんなに驚かなくてもいいじゃないですか。ダンスのお誘いはこうするのが普通でしょう?」
『普通じゃないよレギュラス!?ちゃんとダンスの授業聞いてなかったけど、そのお誘いの仕方は違うと思う!?』
「バレてましたか」

残念です、と言うレギュラスの顔は全くそんな顔をしていない。むしろ、私をからかって楽しんでいるといった顔をしている。

「それで、僕のお誘いは受けていただけますか?お嬢さん?」
『でも…私のダンスが下手なのはレギュラスが1番よく知ってると思うんだけど』
「それを承知で僕は誘っているのですが?ほら、はやくしないと曲が終わってしまいますよ」
『わ、わかったよ!お願いします!』
「もちろんです」

レギュラスは満足そうに言うと、わたしの手を引き、中庭の真ん中へと進む。中庭には私たちの他には誰もいないため、地面に積もった雪は白く綺麗なままだ。
きらきらと降り続ける雪の中。向かい合ったわたしとレギュラスをお互いの顔を見てくすくすと笑い合ったあと、お城から微かに聞こえてくる音楽に合わせてゆっくりと踊り始めた。


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『つ、疲れたー!』

曲が終わると同時に、わたしはドレスが汚れることなど気にせず白い雪の上に倒れた。レギュラスに汚れますよ、と言われたけど気にしない。もう手遅れだしね。しばらく目を閉じて雪の冷たさを感じていると、隣に人の気配。まさかと思って隣を見ればレギュラスが同じように雪の上に寝転がっていた。

『スーツ、汚れるの嫌だったんじゃなかったの?』
「嫌ですけど、たまにはいいかなって思ったんですよ」
『そっか…星、綺麗だね』
「そうですね。…メル、」
『なに?』
「僕が昨日から居なかった理由を聞かないんですか?」
『聞きたいけど、聞きたくない』
「どっちですか」
『レギュラスが話したいなら聞くし、話したくないなら聞かない』
「じゃあ、聞いてください」

いつの間にか起き上がっていたレギュラスに引っ張られ、向き合うように座る私たち。彼から聞いて欲しいと言うなんて珍しい。とりあえずわたしは背筋を伸ばしてちょこんと座る。

「メル。そんなに畏まらなくても、」
『だって、レギュラスから聞いて欲しいなんて言われるから大切なことなのかなって思って』
「まぁ、確かに大切なことですけど」

ほら!大切なことじゃない!とわたしは 声をあげたが、レギュラスの無言の圧力によりわたしはすばやく口を閉じた。わたしが大人しくなったことを確認したレギュラスは、こほんと咳払いをしてスーツのポケットから小さな箱を取り出した。突然の小さな箱の登場にわたしは首を傾げる。

「注文していたこれを取りにホグズミードまで行っていたんです。どうしても今日、メルに渡したかったので」
『私に?』
「はい。他に誰がいるって言うんですか」

開けてみてください、とわたしの手に乗せられた箱。もしかしてだけど、この箱ってすごくお高いものなのでは…。そんな視線を彼に送るも、早く開けろと言わんばかりの視線を返されるだけ。心の中で、お邪魔しますと呟きながら恐る恐る箱の蓋を開けるも、中の品物を見たわたしはすごいスピードで蓋を閉めた。

「どうして閉めるんですか」
『ね、ねぇ、レギュラス。中身間違えてない?わたし、指輪が見えたんだけど』
「間違えてないですよ。僕が準備したのは指輪ですから」

レギュラスによって、わたしの手の中にあった箱を奪われる。彼の手によって再び開けられた箱の中から現れたのは、わたしがさっき見た指輪。指輪はシンプルだが、白く輝く小さな星のモチーフが付いていてとても可愛い。しばらくわたしが指輪に目を奪われていると、左手に温もりを感じた。その温もりの持ち主はもちろん目の前のレギュラスだ。

「メルは、」

レギュラスはそこで一度言葉を切って、それからまた続ける。

「メルは僕のことが好きですか?」
『もちろん!大好きだよ!』

わたしが間髪を入れずに答えると、ありがとうございますとレギュラスは少し顔を紅くして嬉しそうに笑った。

「ずっと思っていんですけど…どうやら僕はメルがいないとダメみたいです」
『そんなことないと思うんだけど、』
「メル、お願いですから静かに聞いててください」
『はい。すみません』

レギュラスの無言の圧力に再びわたしは口を閉じる。本当に空気読めなくてごめんなさい。レギュラスは小さくため息をつくと、わたしの額にこつんと額を合わせた。

「それでお願いなんですが、僕と一緒にいてくれませんか?これからもずっと」
『…それって、まるで』

プロポーズみたいじゃないか。
まさかのレギュラスからの言葉に驚いたからなのか、嬉しさからなのか。私の目からたくさんの涙がこぼれた。どれだけ拭っても涙は止まらなくて、すぐに視界はぼやけてしまう。きっとこの涙の向こうのレギュラスは困っているに違いない。

「メル、泣かないでください」
『うぅ。だって、レギュラスがびっくりさせるからだよ」

すみません、と未だに泣き止まない私の頭をぽんぽんと撫でてくれるレギュラス。それから、優しく名前を呼ばれて私は顔を上げる。

「メル、返事はもらえますか?」

ぼやけた視界に映るのは困ったように、そして不安そうな顔をした彼。そうだ、返事をしなくちゃ。

『私も、レギュラスとずっと一緒にいたいです』
「どうして、敬語なんですか」
『うぅ。細かいところは気にしないでよ』

はいはい、と返事をするレギュラス。そっと私から彼の頬に触れるとびっくりするくらい冷たくて、それほど長い時間、私たちが外にいたことを知る。

「ねぇ、メル」
『なに?レギュラス』
「まだ結婚はできませんが、これから2人で幸せになりましょうね」

私の左手をぎゅっと握ったあと、ゆっくりと離れていくレギュラスの手。未だに私の左手を見つめ続ける彼の視線を追えば、その先にあったのは薬指に嵌められた先ほどの可愛い指輪。私は嬉しさのあまりまた泣きそうになりながら、レギュラスに勢いよく抱きつくけば、そのままふたり一緒に雪の上にどさっと倒れた。それからしばらく見つめ合ったあと、堪えきれなくなって2人で笑った。


スノードームのような
をしよう


(それは雪が降る、星が綺麗な夜の話)


2013.12.6
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これにて閉幕。