【K】01.初詣で
新年を迎えた映えある1月1日!
………やなくて、1月3日。
俺より家族サービスが大事な財前は、年末年始は忙しいんやと。
しかも俺より家族サービスが大事な財前は初詣も元旦に行ってもうたんやと。
俺より家族サービスが大事な財前は最後に会うた去年の12月30日からメールも電話も音沙汰無しやし。
俺より家族サービスが大事な財前は。
(……年明け早々なにブルーなってんねん)
過去をねちねち振り返るやなんてらしゅうないで引いたり忍足謙也。
今年の抱負も浪速のスピードで突っ走る事やねん!過去は寧ろ凌駕すんねん!!
…て張り切った所で、携帯は未だにうんともすんとも言いやがら無い。
たまに鳴る着信音は俺が望んでる音を奏でてはくれなかった。
冬って…何でこないに寒いんやろな。
しみじみ部屋のカーテンを開けて、白い景色を気持ち爽やかに、尚且つ微笑みを携えて眺めてみる。
はぁー…心も体も寒いわ。
せやけど凍えそうな程の冷気に撫でられるのは何だか心地好くて、窓枠から両腕を外に伸ばして持たれ掛かった。
頬や首筋を掠める冷たさが、財前に触られた時と、似てる。
そら最初はビクッてなるけどな、その手を温めるのも俺の使命やと思うねん。
…て、真顔で言えるくらいこんなに恋しいのに、可愛い恋人ほっぽって今頃何してんねんあのアホは。
何度目かの溜息をついた所で、視界の端に財前が見えた。
俺の家の扉の前で携帯電話を弄っている。
(とうとう禁断症状か…)
財前の幻影を哀愁混じりにぼんやり眺めていると、携帯電話を耳に当てながら、それが顔を上げた。
バチッと目が合うと同時に、ベッドの上に八つ当たりで放り投げっぱなしだった俺の携帯電話が、大好きな曲を歌った。
反射的にババッと窓から離れて、ベッドにダイブする勢いのままに通話ボタンを押す。
「ざい、…っ」
本能のままに名前を叫びそうになるのを、高陽で早鐘打つ胸を、必死に押さえて息を飲み込んで堪えた。
(こんなん…嬉しいのバレバレやないか)
めっちゃめーっちゃ寂しいん我慢して待ってたんがバレバレなん…格好悪いし、悔しい。
先輩の威厳など今更あるかどうかも解らないモノがものごっつ気になって、咳ばらいを1つ。
至極余裕で、平然で、クールなそぶりで、携帯電話を耳に宛がう。
「あー…もしもし、財前?」
ツー…ツー…ツー…
………
………………切れとる。
何 や ね ん 。
せっかく、せっかく久しぶりに声が聞けると思うたのに。
歯痒さと苛立ちで携帯を握りしめる。
ミシッと音を立てた所で危うさに気づいて携帯を放してから、ベッドにうなだれた。
せやけど今のは、用事があって掛けて来たんやんな?
ワンギリやし、間違えて掛けてもうたっちゅー仮説はこの際無しや。
掛け直したって何も不自然や無い。
……、……よっしゃ。
自分で勝手に理由を付けて励ましてすっくと立ち上がり、また窓辺に移動して、新鮮で喉が冷える空気を大きく深呼吸して吸い込んだ。
それでもドキドキと高鳴る鼓動は治まらず、通話ボタンを押すのに戸惑っていると、さっき財前の幻影が見えた場所にまだその幻が立ったままなのが、視界の端に映った。
(うわー…相当病んでるわ、…俺)
財前の幻をぼんやり見下ろしていると、ソイツは手に持っていた携帯を俺に向かって手を振るように軽く揺らした。
『謙也くん』
財前の唇が俺の名前を紡ぐ。
それだけで胸の中が、キュっと苦しくなる。
「謙也くん」
今度はハッキリ声まで聞こえた。
「…謙也くん、聞こえてますかー。寧ろ見えてますかー」
………、……あれ?
財前らしきそれは携帯を持つ手をぶんぶん大きく振って、自己主張に加担してきた。
…幻影にしては何や可笑しい。
瞬きをしても、眼を閉じても、こすっても消えない。
「え、…は、へ…?」
本 モ ン か ?
そう脳裏を過ぎった途端に本能が作動して、コートを引っ掴んで部屋を出て、それをテキトーに羽織りながらダダダッと玄関まで階段を駆け降りた。
勢い良くドアを開けると、やっぱり同じ場所に『財前』が居った。
「な、なん…急に、どうしたん…っ、財前」
「兄貴が連れと遊ぶ言うて予定無くなったんスわ。せやから謙也くん空いてへんかな…と」
「ほんなら連絡せぇや!」
「今しようとしたら謙也くん丁度窓から顔出しとって…目ぇ合うてる筈やのに反応あらへんから正月ボケやろかー思うてたトコです」
財前不足で幻やと思うてたなんて言える筈も無く。
携帯をポケットへしまう手を端目に新年の初ツッコミを一度閉口した。
「ちゃうやろ!?連絡っちゅーのは家出る前にするモンやろ!?」
「逢いたい思うたら、いつの間にかココまで歩いて来てたんスわ」
あまりに飄々と言うから、一瞬呆けた顔を晒してしまった。
さっき走って来た時に乱されて頬に掛かる髪を軽く払われると、肌を掠めた指先から慣れた冷たさを感じて、やっぱり本物の財前だと確信した。
同時に腹の中から頭の先まで一気に駆け登る高揚感。
無性に触れたい衝動。
財前財前、今家に親も弟も居らんねん。
せやから、せやからな……
「せっかく外出たんで、初詣とか行きますか。確かアッチの公園の近くに神社あった気ぃが…」
頭の中の欲望を納得してくれるような正当な言葉で伝えようと試行錯誤する間もなく、無意識に伸びた片手が届く筈も無く、財前の視線は『アッチ』に背いてしまった。
「え…あ、うん」
冬の鋭利な冷たい空気に、俺の相槌が虚しく飲まれた。
効果音で例えるなら『ひゅるり』や。
「おー、ここ夏に皆で来たトコやんな?」
「関西大会ええとこまで行ったし、無神クンでは無いですやろ」
公園の脇の小道を少し進むと意外に奥は開けていて、大きくは無いが俺の身長よりは高い鳥居を見上げながら半年前の記憶を遡った。
あの時はレギュラー陳全員で来たから狭く感じたけど、二人やと結構広いんやな。
参拝の仕方なんよう解らんから、とりあえず財前の見様見真似で賽銭箱の前までついて行く。
小銭を投げて鐘を鳴らした所でハタと気づいた。
神さんに…何お願いしよう。
隣で合掌する財前に視線を一度向けてから、俺も形だけ真似をして、頭の中で定まらぬ願いを纏めて行った。
えーとえーと、今年の関西大会は優勝できますように!
受験受かりますように!
ウイイレで翔太に勝てますように!
…て、こないに仰山お願いしてもええモンなんか。
………。
…神様、やっぱ今の全部無しで。
ざ、財前と、これからも…ずっと一緒に居れますように。
『1つだけ』て言われたら、今の俺にはやっぱココがいっちゃん大事なところ。
何卒宜しゅうお願いします。
「…何頼んでるんスか。そない熱心に」
1つに絞るので財前より大分ロスタイムだった俺は、こっ恥ずかしい願い事を胸に必死に拝んでいるさまを見られてしまったようだ。
合掌したまま俺に向く視線から逃れるように顔を明後日にそらした。
「内緒や内緒!こういうん、言うたらあかんて言うやろ!」
けど言わなければ解らんやろうからお得意の秘伝技、開き直りをくりだした。
「…そういう財前は何頼んだんや」
そんな淡泊な顔して胸に秘めるモンなんかあるのかと、答えは聞け無いのを承知で、照れ混じりからかい混じりに尋ねてみた。
「俺はまぁ…普通に」
「『今年も変わらず謙也くんの傍に居ります』、て」
……………。
どないしよ。ツッコむところが多すぎて返す言葉が見つからへん。俺とした事が。
せやけど1番どうにかしたいのは、この胸の高鳴り。
キュウっと締め付けられて一瞬呼吸が止まった。
焦った。
俺のお願いがバレてて…
返事を、……貰えたんかと。
照れもせずにいつもと全然変わらん横顔を見ながら、顔が熱くなるのを感じた。
でも直ぐに青ざめるハメになる。
「…あ、言うたらあかんのですっけ」
「んなっ、お前態とやろ!!」
「まー今のは願い事や無くて、誓いなんで」
「謙也くんの傍に居る事くらい、神様に頼る事でも無いですやろ」
「有言実行っスわ」
「………くらい、て…何やねん」
そうやって財前がフっと笑うから、やっぱり返す言葉が見つからなかった。
気恥ずかしくて視線をそらす。
また顔が熱くなる。
「信号機みたいや」
「うっさい!」
俺に比べて財前の初ツッコミは好調な出だしを切った。
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