不真面目で不器用なわがまま

 



「くらもち」

 寝顔を見た。
 元ヤンキーとして申し分ないほどの眼力と髪型をあわせもった倉持だが、今はどこかあどけなくいつもより何歳か幼い顔ですやすや眠っている。いつまでも見つめていたいけれど、ああそうだ、なんで倉持に話しかけたのかって、次が移動教室だからだ。寝かせてやってもいいが、授業中の様子などは逐一監督に報告されている。もしもオーバーワークのせいで授業爆睡だとか言ったら、何があるか分からない。ほら、とできるだけ優しく彼の肩に触れた。ゆらゆらと体を動かして、頭を上げる。眠気なまこの顔はやはり、幼い。

「……あ?」
「次、移動教室だって」
「マジかよ」

 寝汚いこの男は、安眠を邪魔された腹いせかこちらをギンと睨みつけていた。別に全然、怖いとはおもわねぇんだけど。というか、感謝してもいいくらいだ。起こしてやったのに睨まれるなんて理不尽な。

「ほら、早く」
「急かすなよ」

 緩慢な動きで、教科書類を取り出し始める。ばか、間に合わねぇっての。あと二分で授業が始まるのに急ぐ素振りすらない。待つのも面倒だし何より二人で怒られるのがなんだか癪だったから、俺先行くぞと声をかけて扉のほうへ振り向いた。その瞬間に強く手首をつかまれる、つかまれた場所が熱を持ったようにあつくなった。何、と倉持のほうへゆっくり首だけを動かす。

「……めんどくせぇ」
「何が」
「授業」

 なんて珍しい。普段は俺のほうがこういうことに関しては面倒がって、しょっちゅう倉持にめんどくさーいと言っているのに。そのたびに倉持はふざけんなと俺を叩いて授業の準備をしているのに。

「それは俺にサボれって言ってるの?」
「別にそんなこと言ってねぇよ」

 よいしょ、っと倉持は椅子から立ち上がった。今から移動教室へ向かっても遅いし教師に怒られることは必至だし、……この時の俺はどうかしていたのかもしれない。なぁ、倉持。今だけは恐ろしい片岡監督のことを忘れて話しかける。こちらを見る倉持の顔はくちもとがへのじになっていたが、すぐにやりと不適な笑みに変わる。そして駆け出した。その足は言葉を交わさずとも屋上のほうへ。
 
 駆けた先の屋上、吹く風はまだ春というより冬の寒さを含んでいるように思ったが、もう3月。そろそろ暖かくなったっていい。隣同士、仰向けになって空を眺めた。

「もう、2年になるんだな」
「お前が御幸センパイとか」

 ヒャハ、と独特な笑いをこぼしながら倉持が、お前みたいなのが先輩とか後輩も困るだろうよと言って苦笑する。俺みたいなのが扇の要で大丈夫か、後輩達に文句言われないかと思うことも……ごめんやっぱりない。考えてみれば、倉持も同じセンパイになるのだ。倉持こそ、俺より後輩の扱い酷いんじゃないか。

「そういうお前こそ、倉持センパイだぜ?」
「……マジありえねー」
「はは、そんなもんだろ」

 第一俺は先輩とか後輩とかめんどくせぇの嫌いなんだよ、と倉持が言うから。じゃあ倉持は、純さんとか哲さんのことなんとも思ってないわけ?と聞くと、それとこれとはちげぇんだよと殴られる。何が違うんだか。

 ぼんやりと考える。これから、夏が来て、秋が来て、冬が来て、また春が来る。この青道高校という場で野球ができるのはあと1年半くらいだろうか。甲子園という夢を追って行く。俺達に残されたチャンスは後2回しかない。部活一色の青春が終わる、最後の一瞬まで、倉持と一緒にいられればいいのに、こうして。 
 
「倉持」
「何、」
「やっぱ、お前のこと、好きだよ」
 
 少し冷たい風がぶわあと吹いた。なんでもなく言ってのける御幸に、倉持は少し驚いたような顔をする。それから、また、殴られた。「俺もお前が好きだ」とは言ってくれなかったけれど、殴られた後に軽く触れるだけのキス。それだけでもう、十分満足だ。

 




TOP
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -