妖精の森

鬱蒼と茂った森の中、名前は一人、佇んでいた。
木漏れ日の描く水玉模様をぼんやりと眺めていると、そよぐ風が頬を撫でる。

――どこだろう。

名前の脳裏には、その言葉だけが浮かんでいた。
蔦の様な植物でできた森。奥には小さな池。舗装された道路はないが、人が踏みしめた後が道のようになっている。大きな動物はいそうにないし、それどころか小さな虫すら見かけていない。

ついさっきまで、自室のベッドに寝転んで読書に勤しんでいたはずだった。
図書館で予約して、一ヶ月も待った。ようやく自分の番が回ってきたと、大喜びで取りに行った。家に帰り、勉強も着替えもすっ飛ばして本を開いた。ページをパラパラ捲っているうちに、眠気に襲われて、起きたらこの森の中にいた。

夢だと思って思いっきり自分の頬を抓ってみた。痛かった。これは夢じゃない、と名前は判断した。名前は、先月くらいにあった災害時の対応についてのなんたらとかいう授業を思い出した。慌てたらいけない、落ち着け。確かそんな事を言ってた気がする。
この状況で落ち着いて物事を判断できる人間がいるならここに連れてきなさいよ栄誉賞をあげるから、そう一人ごちて、名前は、とりあえず落ち着くところから始めた。そこでひとつの疑問が浮かんだ。

落ち着くって、どういう状態の事だろう?

落ち着け落ち着けと念じ続けるというのは、その行為をしている時点で落ち着いてないじゃないか、というかこんな状況に陥ったらみんな普通は混乱するんじゃないのか、落ち着けるってそんなことができる人間はやっぱりこの世界には存在し得ないし、いるとしたら今の私のこの状況が普通の状態である人だろう、そしてこの状況は私にとってイレギュラーであることは間違いないから私は落ち着くことができない。そこまで考えてふと気付く。

この状況でここまで考えを巡らせることができるって、それって、結構落ち着いてるんじゃない?

まあいいやいつまでもここにいても仕方がないとりあえず歩いてみよう、と立ち上がったとき、彼は現れた。

森の奥から出てきた、ゆったりとした緑の服をまとった彼は、手に野いちごの入った籠を下げていた。その物腰の柔らかさは、彼の性別を見た目だけでは判断しづらいような・・・・・・そんな雰囲気を纏っている。

「・・・・・・ビクッ!」

・・・・・・うわあ、なんか驚かれちゃったよ。
あ、でもこの子、なんか・・・・・・

か わ い い

ていうか、髪の毛の色が蜂蜜みたいで甘そう。目も大きいし・・・・・・。

「あ、え、っと、」

彼も名前に気付いたようだが、話しかけるかどうか、ためらっているようだった。しばらくして、彼は意を決したように、名前に話しかけてきた。

「え、と・・・・・・、この森に来るの、始めての、ひと、です、か・・・・・・?」
「あ、はい」
「お、俺、三橋廉っていいます・・・・・・。森に来た人、久しぶりだ・・・・・!」

彼・・・・・・廉は、そう言うと、すごく嬉しそうに笑った。

「この森は、レクスタの森――妖精の森、と、言われて・・・います」
「妖精?」

廉は明らかに日本人のような名前だし、日本語通じるのに、妖精とはまたファンタジックな・・・・・・。
名前の順応能力がここまで高くなければ、信じるのもばかばかしい話だ。

「そう、妖精・・・・・・。あ、でも、この森には、悪い魔法使いは、来ないんだ。魔法の結界で、守られてる、から・・・・・・。だから、大丈夫」
「魔法使い?」
「そう、世界を、闇に変えよう、と、している、悪い魔法使い。・・・・・・えっと、泊まるとこ、ないなら、うち・・・・・・で」

魔法使いがいて、妖精がいる、そんな地域が地球上にあるなんて聞いたこともない。名前は首を傾げたが、まあ、そんなこともあるか、と、廉に促されるままに、後に着いて行った。廉は、悪い人間ではないと、そう判断したからである。

廉は道中、さまざまなことを話してくれた。
まず名前が驚いたのは、この世界には月が4つあって、季節が3つしかないということであった。夏がないのである。月が4つある時点でここは地球ではないということがわかった。廉にそのことを話したが、さして驚いている様子もなかった。この森には、たまに名前のように、異世界から紛れ込んでくるものがいるのだという。

電気はなくて、動力はすべて魔法でまかなわれている。物語でしか聞いたことがないような、そんな不思議な動物がいる。名前は、廉からそんな話を聞いた。
ネットに繋げないの、きっついなぁ・・・・・・。
そんなことを考えていた名前は、幸せな頭をしているのかもしれない。

ふと名前は、前を行く廉を見た。廉は、見た感じ、同い年くらいだろう。廉の、意外と広い背中が、名前の頭の片隅に、何か引っかかるものを残した。見覚えがあるような気がしたのである。だが、それが何なのかは、よくわからなかった。



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