行方知れずの真実

「ねぇ、廉。悪い魔法使いの話、聞いてもいい?」

名前は廉にたずねた。
廉は一度驚いたように肩を揺らしたが、それが彼の癖であることを、もう名前は知っていた。
廉は語りだした。

「・・・・・・今から、500年くらい前の話、なんだけど、」

昔々、この世界は、3人の神様が治めていたんだ。
一人は知恵の神様で、人に文明を与えた。
一人は力の神様で、人に力を与えた。
一人は精神の神様で、人に心を与えた。
人々は平和な世界を愛し、仲よく暮らしていたんだ。
だけど、ある日、悪い魔法使いが現れて、人々に、悪の心を植えつけた。
それからは、あちらこちらで犯罪が起こった。当然それまでは、何も起こらなかったんだから、法律も無ければ、取り締まる人もいなかった。
世界は荒れに荒れた。そのうち、大きな戦争が起きたんだ。
世界は三つに分かれた。神様たちが治める天上界、俺たちみたいな普通の人間が暮らす地上世界と、悪い魔法使いや悪魔たちがいる悪魔界。

天上界では神様たちを中心に、独立した平和な世界を築き上げていった。天上界は資源も豊富だったし、腕のいい技術者もたくさんいたから、少ない人数でも、大きくて立派な国を作り上げることができた。その後天上界は、こちらと連携する必要も無くなったから、今では完全に閉鎖された空間になっているんだ。
悪魔界は、人間界を取り込もうと、悪い魔法使いを中心に、たまに攻撃しに来るんだ。悪魔界は資源が乏しいから。人間界では、悪い魔法使いたちは恐れられてる。悪い魔法使いたちは、とても強い力を持っているから。

俺たちが住んでいる人間界は、そのどちら側でも無い人たちが暮らしてる。
普通の人間と、妖精、動物、精霊・・・・・・そんな、争いを好むわけじゃないけど、心を閉ざす気もない人たちが住んでるんだ。たまに喧嘩もするし、人を傷つけることもある。だけど俺たちは、協力し合うことを選んだんだ。
でも、悪い魔法使いたちだって、昔から争ってばかりだったわけじゃない。彼だって昔、俺たちと同じように、平凡を好む、普通の人間だったらしいから。
彼は人よりほんの少し寂しがりやで、ほんの少し怖がりだっただけ。だから、強い力を欲しがった。周りの人は、その強大な力を恐れ、彼はますます孤独になってしまった。彼は、もっと、もっと強くなれば、そう思って、強い力を求め続けたんだ。

「でも、過ぎたる力は人を狂わせる。多大な魔力と、不老不死の力を手に入れた彼は、優しかった人間らしい心を失ってしまったんだ、って言われてる」
「・・・・・・・・・・」
「名前・・・・・・さん?」
「・・・・・・そんなことが、あったんだ」

名前は、沈んだ顔をしていた。
途中までは、悪い魔法使いが、悪いヤツみたいな内容だったのに、でも、それにはちゃんと理由があって。彼の姿が何かと被って、名前は、知らず、目に涙を浮かべていた。

「名前さん、今から、俺の友達のとこ、行ってもいい?」
「・・・・・・へ?」
「俺の、友達、のとこ」

行こ!そういって、廉には珍しく・・・・・・といっても出会って数時間だから、そんなによく知ってるわけじゃないけど、ぐいぐいと強引に引っ張っていく。

「ちょ、ちょっと待ってよ!友達って・・・・・・?」
「おっ、俺じゃ、うまく説明、できないから・・・・・・・。友達の方が、わかりやすいし、これから名前さんが、何をすべきなのか、とかも、教えてくれる、と思うよ」
「私が、何をすべきか・・・・・・?」
「うん、この世界に来ちゃった異世界の人は、必ず、何かに呼ばれてる。ここに来た理由がある。それを、俺の友達は、知ってると、思うんだ。物知りだから」
「理由・・・・・・」
「すべての物事には、ちゃんとした、理由がある。すべて必然で動いてる。定められてる。そう、思うんだ」
「・・・・・・うん、わかった」

廉は、パァッと笑顔を浮かべた。廉の笑顔は本当に可愛くて、だけど、やっぱり見たことがある、そんな気がした。
廉は優しかったし、廉の話を聞くのは楽しかった。森の中からほとんど出ないという廉の話は、すべてが森の中での話だけだったけど、都会暮らしの名前にとっては、それも充分に楽しめる内容だった。

「それで、友達ってどこにいるの?この森の中?」
「うみのそこ!」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

ん?

ウミノソコ?いま、ウミノソコって言った?
ウミノソコ。脳内漢字変換。海の底。すなわち、海底。


海の底。


「ええええええええええええ!!!」
「え、あ、ご、ごめんなさい・・・・・・」
「海の底!?死んじゃうよ!」
「大丈夫、魔法があるからっ!」
「やだよ私全然泳げないのに!・・・・・・って、魔法!?廉、魔法が使えるの!?」
「う、す、少し、だけ・・・・・・」
「え、凄いじゃん!」
「うひっ」

あ、廉また笑った。
やっぱり廉の笑顔は可愛い。

「行こ、すぐ、着くから」

そう言って手を差し伸べてくる廉は凄く逞しくて頼り甲斐があって、名前は胸がわずかに高鳴るのを感じた。
それと同時に、前にもこんなことがあったような、そんな気持ちに襲われるのだった。
まだ、それが何なのか、気付かない。気付く由もない。だが、確実に、名前の今までとは、何かが違うのだろうと。そのことだけは、ぼんやりながらも掴めていた。それは、周りの状況が、大きく変わったからなのか。それとも、名前自身が変わってしまったのか。それは、これから知っていくことなのだろう。


――でも、これだけは決めた


――私は、自分の運命から逃げない



こんな状況にならなければ、こんなことを考えたりもしなかっただろう。
果たしてそれは、良きことか、それとも悪いことだったのか―――それは、誰にもわからないことであった。



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