こぼれた水と逃避行

ほんの少しでもみょうじさんとお話したいんだけど、やっぱりちょっと心配で。だってみょうじさん眠そうな声してるから。


「いい、けど、大丈夫?夜、遅いよ?」


思わずそう聞いちゃうのも仕方のないことで。
なのにみょうじさんは優しいから、自分のことより俺のことを心配してくれる。申し訳ない、本当に申し訳ない。神様どうかこの心優しいみょうじさんに祝福を。ふざけてない、ふざけてなんかないよ、文貴くんは常に本気です。

何でこんなに俺に優しくしてくれるの。俺期待しちゃうよ?いろいろ誤解しちゃうよ?


「じゃあ野球部の試合応援に来てよ。たぶん母さんもくるから」


半ば冗談、半ば本気。
ほんとは母さんじゃなくて俺を見て欲しいの。
だけど口に出しては言えない。自分の中途半端なヘタレ具合が、こういうときに嫌になる。教室でなんでもない話をするのは平気なのにね。

みょうじさんの返事もちょっと間があって。
それもなんか曖昧で、みょうじさんらしくなくて、ちょっと後悔。突然、変なこと言っちゃったよね。母さんに会うために試合の応援なんて、おかしすぎる。
だけど覆水盆に返らず、一度口から出た言葉は戻らない。
後悔しても遅すぎて、もう、なんて言えばいいのか分からない。


「水谷くん?」


そうやって思考に入ってるうちに、また気を使わせてしまったようで。
怪訝そうな声で名前を呼ばれて、ふと我に返った。


「ごめん、もう俺寝るね。おやすみ」


頭が真っ白で、まともな会話を続けられそうになくて、逃げるように電話を切った。

ツー、ツー、という機械音が、静まりきった部屋に、寂しく響いていた。




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