例えばの話をしよう。


僕らが出会えたのが偶然ではなく必然だとして、僕らが好き合ったのも、偶然ではなく必然だったとして。

僕が甘いものが好きで君が甘いものが苦手なのも、僕が野球が好きで君がサッカーを好きなのも、僕が国語が苦手で君が数学が苦手なのも、偶然ではなく、必然だったとして。


もしかしたら、どれかひとつくらいは、もしかしたらもっと多くは、偶然とかいうやつがあって。

言いかえると、運命、と言うやつになって。
それで、僕らはすごいね、なんて、思う。



「文貴、どうしたの?」


小さな小さな、名前ちゃん。
たぶん彼女の身長は、俺より20センチ近く低くて、手のひらだって、俺の手のひらの中にすっぽりおさまっちゃうくらいに小さくて、柔らかで、かわいらしくて。


「なんでもないよ」


そよそよと流れてく風の中に身を任せて、遠くの方から小さく響く電車の音を聞いて。しあわせ、と彼女が小さく呟くからキスをしてやったら、恥ずかしいよ、道の真ん中だよ、と押し返される。そんな小さなやり取りが彼女の言うとおりしあわせで、今度はキスはあきらめて、風に吹かれて揺れてる髪の毛を撫でる。
綺麗な長い髪だったのに、走るのに邪魔だから、と切ってしまった。高校に入って2週間くらいのときの話。

陸上部なんだって、そのときにはじめて知った。一人で走るのが好きで、中学では部活に所属していなかったと言うけれど。たまには、誰かと一緒に走りたいって思ったの。彼女がそうぽつりと言うのを聞いて、俺も、頑張って、って答えた。

でもよく考えれば不思議な話だった。
あの綺麗な長い髪は、中学のときからずっと伸ばしていたはずのものだったから。邪魔なんて、感じるものじゃないはずだった。だってその髪の毛と、3年間一緒に走ってきたわけだから。


女子陸上部の先輩って厳しいらしいよ、水谷くん、苗字さんと仲いいでしょ、あの子が髪の毛切ったのって、先輩に言われてらしいよ。走るのに髪なんてなくていい、って言われたんだって。もったいないよね、あんなに綺麗だったのに。

仲のいい、他の女の子にそういわれたのは、5月の半ばごろの話。ああそうか、って思った。俺たちだって、たとえば先輩がいたら、たとえば先生や監督がそういう人だったら、野球部なんだから全員坊主、なんていわれてたのかもしれないんだ。

泉が言ってた。俺中学坊主でさ、でも正直髪がちょっと長くてもメット被るのに問題とかねーよな、それなのに浜田は何を言われてもずっとあの髪でさ、浜田すげえって、実はちょっと尊敬してんだぜ。

正直見た目なんてどうでもいいけど。したいカッコしてればいいとも思うけど。名前ちゃんは、わたし、髪の毛切ったら先輩と仲良くなれるなら、それでもいいよ、って、小さく笑った。
一人で走るより、みんなで走るほうが楽しいんだよ、それにね、部活帰りにみんなでどっかにいくのも。

それを聞いて、ああ、この子は小さいのに、すごく強いんだなぁ、って思った。俺も、強くならなくちゃ、って。



それから気づけば夏になって、楽しいこと嬉しいこと悔しいこと、いろんなことがあって、いつの間にか秋が来ていた。
すっかり冷たくなった風を受けながら、名前ちゃんとつないだ手を、ぎゅ、っと握り締める。


「文貴」


秋になったから、日が沈む場所がまた少し北にずれた。ちょうど、進行方向の真正面が、日没地点。春は、もっと左手で、マンションに隠れて、沈んで行く夕日なんて見えなかったのに。


「文貴、あのね、わたし、いま走るのすごい楽しいんだ」


名前ちゃんの凛とした声が、夕暮れの静閑のなかに融けていく。まっすぐな気持ちだから、まっすぐに声が響く。気持ちが声にこもるっていうことを、名前ちゃんに出会って初めて知った。


「みんなと一緒にいるのが楽しい。みんなと笑い会えるのが楽しい。みんなと走るのが楽しいの」
「うん、そうだね。俺も、みんなで野球するほうが楽しいもん」
「でもね、何よりも、いま文貴が隣にいることがうれしいの」



ふみきだいすき、そう言って、さっき自分で、人前だからいやだって言ったのに、今度は自分から、俺にそっとキスをしてきた。


そして俺は、参った、と心の中で白旗を振りながら、細くて柔らかでしなやかで、でも誰よりも強い心を持った俺の一番大切な人を、壊れない程度に力を入れて抱きしめた。




きっと世界の片隅で 
***title by Ache***

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20101020 ちさと









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