――夏祭りに行こう


私が秘かに想いを寄せている従兄弟の勇人にそんな誘いをもらったのは、昨日の夜。

突然の誘いに、何の準備も無かった私は、朝からてんやわんやで浴衣を用意して、電車の時間を確認して、そして埼玉に辿り着いたのは午後の3時。少し早く着きすぎたかもしれない。

私は小学生のころは埼玉にいた。昔の地元を懐かしみながら、ぶらりと歩き回ってみる。変わってしまったところも、変わっていないところもあって、ああ、私はもうここに住んでいないんだ、と実感した。


そして、約束の5時がやってきた。
2人でよく遊んだ公園が待ち合わせ場所。勇人はもう来ていた。今日は部活があったらしく、その帰りに来たそうだ。
また少し背が伸びている。勇人は昔から華奢で、小さいころは私のほうが大きかったくらいなのに。


「よかった、来てくれたんだ名前」


少し声も低くなったかもしれない。今はもう見上げることしかできない優しい笑みを見せる顔に、笑い返す。


「勇人が呼んだんでしょ」


仲の良かった従兄弟に、淡い恋心を抱き始めたのは、いつからだったろう。気づけば勇人と過ごす時間を避けてたように思える。この気持ちを、恋だと認めたくなくて。


「行こうか。屋台出てたよ」
「うん」


躊躇い無く差し出された手に、『従兄弟』としての勇人を見る。勇人は、私をそんな目でしか見てないんだろうな。

ぎゅ、と繋がれた手は大きくて、私の手のひらなんかすっぽりと収まってしまう。男の子の勇人と自分の差に、くすりと笑みがこぼれた。



わたあめ、焼きそば、かき氷。金魚すくいに型抜き、イカ焼きとポテト。
規則正しく並んだ提灯が照らす屋台を見ながら、私の意識は繋がれた左手。

勇人は野球部のことをたくさん話してくれた。甲子園を目指しているの、って聞いたら、一瞬だけ顔をしかめて、甲子園"優勝"だよ、と訂正した。私の聞き間違えでは無かったみたい。


「名前は、無理だと思う?」


勇人は、感情を押し殺した声で、私にそう問うた。怒っているときの勇人の癖だ。


「ううん、ただ少し驚いただけ」


勇人の口からそんな夢を聞くのはじめてだもん。
そういうと勇人は空を見上げて、「そうだっけ?」と独りごちた。機嫌は直したみたい。

勇人は昔から、夢を口に出すことはしなかった。神社で神様にお願いしたことを口に出したら、叶えてもらえないというのの延長なのだろうか。


「頑張ってね、応援してるから」


そういうと勇人は少しの間のあと、大きな笑顔を浮かべた。


*



「あ、」


それからいくらか歩いたころ、空に大きく花が咲いた。


「花火、始まったね」


もっと見えるとこに行こう、そういって勇人は私の手を引く。


「穴場があるんだ」


勇人が連れて行ってくれたのは、秘密基地みたいな野原。木に囲まれて、知らなかったらわからないくらいの。


「名前と花火見るなら、ここしかないと思って」


空一面に広がる黄色、緑、赤、青、オレンジ、白。さっきまであんなに闇色だった空が、彩に染まる。
打ち上げ場と少し離れているから、音が後から追いかけてくるのが少し可笑しい。



「名前」


不意に勇人が私に声を掛ける。


「今日、ゼッタイ言わなきゃ、って思ったんだけど」


どくん。どくん。
心臓の音がやけに大きく聞こえる。
またひとつ、ふたつ、花火が上がる。


「俺は、名前が好きです」


パァン、とはじける音と、照らされる顔。
赤いのはきっと花火のせいだと思って空を見たけれど、その花は青と白で、どうにも言い訳の仕様が無かった。
答えたいと思ったけれど声が出なくて、精一杯の勇気を振り絞って、握る手に力を込めた。

この日から、私と勇人は従兄弟を卒業することになった。


花火がまたひとつ、上がった。





君と見た空


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この夏花火を見に行ったので・・・^^



20110814 ちさと





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