「えっ……」
「……」
「えええええええ」
流行り病で両親が死んで、3年。
そりゃー辛かったし悲しかったけれど、人はいずれ死ぬものだ。幸運なことに家族3人ご近所付き合いはきちんとしていたし、親が残してくれたお金と、近所からの助け、泥棒や強盗やその他もろもろの犯罪に合うこともなく、生まれ持った能力ひとつで勤め先までこの手に掴んだ。
掴んだ、わけだが。
「……らいぞ?」
生まれ持った能力とはつまり、何故か持っている前世の記憶であり、忍の能力である、わけだが。
「……雷蔵では、ない」
「あー……。不破雷蔵あるところに?」
案内された詰所にて、出会った男の顔面をまじまじと見る。
「鉢屋三郎あり、さ!」
「うっわ現世でもそれやってんのかよ、腹立つな」
鉢屋三郎と、再会しちゃいました。
「ねーねーさぶろ、私皆の顔思い出せない。ちょっとハチやってよ」
「金とるぞ」
「ドケチかな?」
言えばすぐ三郎は顔を変えて、懐かしい後輩のドケチ顔でニヤリと笑う。ハチやってって言ったのに、きり丸かよー。
「お団子食べに行かない?」
「いくいく!」
今度はしんベヱ。
「ここはどこだー!」
「あっちだー!こっちだー!」
「また体育委員会の皆が迷子だ」
「俺は迷子じゃない!」
三郎ったら、ノリが良すぎ。
私の発言にすぐさま反応してころころと顔を変えていく。
「黄昏甚平?」
「へんなかおー」
おお、忍たま以外でも通じるぞ。
「お残しは」
「ゆるしまへんでー!」
細身の男の体格で食堂のおばちゃんは違和感あるなぁ。
とかとか、三郎とくだらない前世の仲間遊びをしていたのですが。
「お前ら、何を遊んでいる」
「えぇ……休憩時間っすけど」
「私なんて今日非番ですよ」
立花先輩が降臨なすった。まぁ、負けないけど。
「聞いていないのか?」
紅も白粉も頬紅も落としていない状態から上から目線されると、なんだか腹が立つなぁ。
そしてやはり、この人の女装姿は、美しいよなぁ。
「なんの話っすか」
「近頃江戸に来た高名な医者の話だ」
医者の、話。
「……噂は掴んでますが」
三郎が訝しげに言う。
確か、同僚の忍者(こちらは前世とは無関係)が身辺調査してOKだしたはず。それで近いうちにお上に会うとかなんとか。
「会ってみろ」
立花先輩が得意げに言う。
まぁ、先輩がそんなこと言うなら、……ねぇ。新野先生かな。そうだと嬉しいけど。
新野先生とか、とんでもなかった。
「相変わらず」
「不運……」
三郎と2人、庭の木の上でぽつりと呟く。
罠も何もないはずの場所で、何故か落とし穴にハマったその人は、確かに懐かしい容姿をしていた。
「あいたたた……なんでこんなところに穴!?」
穴の中からのうめき声を聞いて、三郎と目を合わせる。
「どうするよ」
「放置するか?」
「いやいやそれはさすがに」
でも今忍装束だからなぁ。お得意の早着替え、しますか。
木から飛び降り、着地するまでにラフな小袖姿に変装。三郎も町人の姿のようだ。
これ、城の者に見つかったら大惨事だよねぇ。まぁ、大奥勤めは装束が重いから嫌だってだけなんだけど。
「お侍さんじゃなくていいの?」
「雷蔵の顔は裃が似合わん」
そんな会話をしつつ、穴を覗き込んで、
「善法寺せんぱーい」
手を差し伸べて。
「お久しぶりですー」
「え、君たち、……え!?」
よかった、前世の記憶はあるみたいだ。
「いやー、相変わらずの不運さすがですね」
「お変わりがなくて何よりです。足くじきました?」
「ちょっ、ちょっと待って!?」
「待ちませんよ、早く掴んで。引っ張りあげます」
「いやそうじゃなくて!」
何やらテンパってる善法寺先輩の手を掴んで、三郎と2人、息を合わせて引っ張りあげる。よっ、とー。
「あっはっは!先輩泥だらけ!」
「君は相変わらずひどいね……」
とほほと笑うけど、別に馬鹿にしているわけじゃないのであしからず。
「足は……大丈夫そうですね」
三郎は素早く善法寺先輩の足に目を光らせている。
「それにしても、君たちなんでここに……」
「あー、御庭番衆わかります?」
「バカお前それを言うか」
「いや立花先輩も言ってるっつー」
私を制す三郎だってケラケラ笑ってるからね。
前世で先輩だった人に会えた喜びで、不思議なテンションのまま三郎と笑い合う。
置いてけぼり状態の善法寺先輩は、ゆっくりと息を吐き出した。
「そう……君たち、まだ忍者しているのかい」
なかなかの重みのある、一言だった。
その一言に笑いがとまる。三郎と、なんとなく目を合わせた。
思うことはたくさんある。前世で忍者して、楽しいことばかりだったわけではない。
でも、まぁ、
「はい、暇だし」
「他にできる仕事もないんで!」
「それはお前だけだろう、一緒にするな」
結局、楽しいのが1番じゃない?
それに、江戸で御庭番衆をやってれば、いろんな所に諜報で行って昔の仲間を見つけ出したりできるってわかったし。
とにかく、毎日楽しいんですよ。
そんな私たちに、善法寺先輩はゆるく笑った。