※勘右衛門と紗香のお話ということで、へいせいくくち主人公に名前変換がかかっています。




「まだ結婚しないの?」
「うーん……」

なまえは曖昧な笑顔を見せた。

「この前、へ、……久々知くんの実家にご挨拶には行ったよ」

別に、私の前でも兵助って呼んでいいのに。なまえは変なところを気にするんだから。

「でも、まだ、かなぁ」
「ふーん?」
「……さぁちゃんこそ、どうなの?尾浜くんと長いでしょ」

そうくるか。

私こそ曖昧に笑う。勘ちゃんと私も、そろそろそういう時期だってわかってはいるんだけどね。










「で?」
「いや、それだけなんだけど」

この前なまえと飲んだことを報告がてら、2人の近況まで話してみる。

なんとなく、結婚のことを私からは言い出しづらくて、ずっと待ってるんだけどな。

「兵助もなー、付き合うってなったら焦らなくなっちゃったしね」
「そうね」

……で、勘ちゃんにとってはなまえと兵助のことは私達とは別の話だから。
こういう方面からせっついても、気付いてくれないのよね。悲しい。

「なまえにさ、さぁちゃんこそどうなの?って聞かれちゃった」
「どういう意味?」
「私と勘右衛門の結婚とかじゃない?」

何でもない風を装って、言ってみる。
ちらりと見ると、勘ちゃんはくるりとした大きめな目をさらに丸めていた。

「……えー!」
「いきなり大声ださないでよ」
「俺達結婚すんの?」
「しないの?」
「するけど」
「だよね」
「うん、するでしょ」

……じゃあ、なんでプロポーズしてくれないのよ!!

多少イラッとはするものの、でもこれが勘ちゃんのペースだからなぁ、と思わず笑ってしまう。

「紗香もさ、ゼクシィわかりやすく置いとくとかすればいいんだよ」

週末、大阪から帰ってきて実家ではなく私の家で過ごしておいてよく言う。本棚、ゼクシィ並んでるの気づいてるくせに。

「そうだね、それもいいかも」
「テーブルの上が俺のオススメ」
「なぁに、勘ちゃん結婚したことあるの?」
「ないよー」

だよね、知ってた。とか、2人で笑いあって。

私はキッチンからリビングに戻る。
なまえの家と違って、狭いマンションだ。ワンルーム、それもスペース活用のために安いロフトベッド。
勘右衛門は毎週のように大阪から遊びに来てはこの狭い部屋に泊まっていく。実家に帰った方がずっとのんびりできるだろうに、愛かな。愛だと嬉しい。

「ねぇねぇ、紗香」
「なによ」
「俺から大事なお話」

勘ちゃんがいたずらに笑って、居ずまいを正す。といっても、胡座なんだけど、そんなところも勘ちゃんらしい。

「俺さ、紗香のこと大好き」
「うん、私も」
「前世から迷惑かけっぱなしだけど、会えて本当に嬉しかったし、こうやってずっと一緒にいてくれてありがたく思ってるよ」
「そんなの、私も一緒」

本当にそこのとこは、なまえに感謝かな。

私たちにとってなまえは、前世の仲間を繋いでくれた素敵な存在だ。
彼女自身も、そりゃ弱いところもあるしイライラさせられるところもあるけど、本質的に優しくて、見てて心配になるくらいいい人なのだ。

なまえのおかげで、私達はまた出会えた。生まれ変わって良かったと、本気で思える20年以上だった。きっとこれからもそれは変わらないから。

「で、なんでいきなりそんな確認?」
「まぁ、聞いてよ。俺、柄にもなく緊張してるんだから」

緊張?勘ちゃんが?そんなの全然気づかなかった。
指先でポリポリと頬をかいて、私の目を見て、照れくさそうな笑顔で。

「俺と、結婚してください」
「……勘ちゃん」

思わず、感動。

「ちゃんとプロポーズ、できるんじゃない」
「待って、それ感想?できれば感想の前に返事欲しかったんだけど?」
「あ、うん。えーと、不束者ですがよろしくお願いします」

テーブルに指をついて頭をさげる。
勘ちゃんも応えるように、頭をさげた。

ごつん。

「……格好、つかないね」
「これは紗香のせいだからね。俺のせいじゃないからね」

テーブルの上、頭をぶつけた状態のまま静かに言い合う。

「頭あげてよ」
「紗香がね」
「勘右衛門がね」
「もう、仕方ないな」

結局2人で同時に顔を上げて、お互いの顔を見て吹き出す。

「なんて顔してるのよ」
「言っただろ、俺めーっちゃ緊張してたんだって」
「最後の防衛戦線とどっちが緊張した?」
「そんなの比べるものじゃ、……あー、今の方が緊張してた」
「なるほど、下級生約20名の命より私と結婚できるかどうかの方が重かったと」
「紗香意地悪だなー!」

それからおもむろに勘ちゃんが立ち上がる。

「どこか行くの?」
「うん。あ、紗香もだよ」
「は?」

それからは早かった。テーブルの上にズラッとメイク道具を並べられる。

「えぇ、どこに行くの」
「買いに行くんじゃん、指輪」

当たり前のように言われて、ジワジワと顔に熱がのぼってくる。

そっか。プロポーズ、されたんだ。

これから勘ちゃんと指輪を選びに行く。婚約指輪と、結婚指輪と。

勘ちゃんは私のメイクタイムの間の暇潰しに、ゼクシィを選択したようだ。本棚から取り出して勝手に読み始める。

「……なるほど、プロポーズしたら次はご挨拶ね」
「か、勘ちゃん」
「まずアポとんなきゃなー。うちの家は週末ならいつでも両親暇してると思うけど、紗香はちょっと遠いしね」
「勘ちゃん……」

さらさらと独り言を続けているけれど、その耳は真っ赤だ。

やだ、私まで照れちゃうじゃない。怒りに任せて、化粧品ポーチを机の上でひっくり返した。

なまえに報告、しなきゃ。
私、ちゃんと幸せになれるよ。なまえのおかげだよ。
大好きな人と、一緒になるよ。
だから、私が大好きななまえ。私が大好きな兵助。2人もはやく、幸せになってください。