仕事終わりにロビーでバッタリ会ったので、まぁ、一緒に帰ることになったんですが。
久々知くん、めっちゃ機嫌悪いなぁ……。
「今日なんかあったの?」
「は?」
わ、わー、めっちゃ機嫌悪いなぁ!?
何も答えてくれないってことは、私関連なのかな。必死に今日の自分を思い出す。
例によって時間をずらして出勤するために、会社の最寄駅で私はトイレとコンビニへ寄り、久々知くんは会社へ直行した。うん。
そこで別れてから……あ、今日1度就業中に会ってるわ。
あれ、かな。
ちょうどセクハラ上司に絡まれていた瞬間に、久々知くんが営業からの資料をうちの部署の分までまわしに来てくれたんだけど。
タイミングが悪かったというか、なんというか。
「……久々知くーん」
「なんですか」
もう会社は出たのに、敬語で話される。ちょっと、寂しい。
「さっきのこと、怒ってるの?」
こういうとき、すぐに久々知くんと手を繋ぎたくなってしまうから困る。
もう駅も近いけど、まだまわりに会社の人がいる可能性はあるからね。
「……怒ってる、というか」
「うん」
「家着いたら話す」
……え。
それ、めちゃくちゃ話が長いやつじゃないですか。
「ただいまー」
「……」
「あ、久々知くんすぐお風呂はいる?沸かそうか。スーツ脱いだらこのハンガーね」
「いや、そんな世話焼かなくていいから」
あ、そうですか……。ハンガーは受け取ってくれたけれど、私が彼の世話を焼くどころか逆にバッグを取られて中身を整理されてしまう。
私が今日使ったハンカチが洗濯機に放り込まれたり、新しいハンカチをカバンに突っ込まれたり、携帯を充電器にセットされたり。
え、ど、どうしよう……。
「……別に、怒ってるとかじゃなくて」
私がぽーっと突っ立ってる間に着替えまで済ませた久々知くんがキッチンから言う。
「うん……」
「あー、着替えたら?」
「はい……」
言われた通りに寝室へ向かい、スーツを脱いで部屋着のスウェットを。
……夕飯、リクエスト聞かれなかった。やっぱり機嫌悪いんじゃん。
「あのさぁ、なんであそこで三郎見るのかな」
「え?」
一瞬、何を言われたのかさっぱりわからなかった。三郎?って、はっちーのことよね。
「俺、いただろ」
久々知くんが、いた。……あぁ、今日の昼のことか!
「え、私はっちー見た?」
慌ててキッチンを覗き込んで聞く。だとしても無意識だよ!
そしてこちらを振り返った久々知くんの瞳の冷たさに戦慄。
「……社内で俺と関わるのがそんなに嫌?」
やべぇよ、包丁握った久々知くん超こわい。
「な、んで、そうなるの!?避けるべきことだと思ってるだけで別に嫌なわけじゃないし、はっちーだって、」
「でも俺のことは頼らない」
からり。包丁がまな板へ落ちた音を耳が捉えたときには、身体が温かいものに包まれていた。
あー……久々知くん、スイッチ入っちゃってるー……。どうしよ。
「こうやって一緒に暮らしてたって、なまえさんは結局、三郎を頼るし」
そんなことないよー。言える空気じゃないけど……。
正直ね、セクハラ上司に関してはね、はっちーを頼るとかじゃなくて、もういつもの流れなんだよね。もう3年目だよ。2年間も続いた流れなんですよ。
私だって早く異動したい。
「……ちょっ、この匂い味噌だよね!?沸騰する!!」
「なまえ」
名前を呼び捨てられて、ぞわりとうなじのあたりが粟だった。
「俺はそんなに頼りないかな」
「くく、……兵助」
「なまえが俺のことを想ってくれてるって、自信がなくなる」
俺はどうしたらいい?
耳元で囁かれる。足の力が抜けていく感覚。
どうしたらって、言われましても……。
「まず、落ち着いて」
正直な願いだ。これ、下手すると私が状況把握する前にベッドに放り込まれてその後の展開はお察しの通りなパターンだぞ。勘弁してくれ、お腹すいてる。
「なまえ」
やだもぉ……だから、耳元で名前何度も呼ぶの超ヤンデレっぽいからぁ……。
耳元で喋られるのがめちゃくちゃ苦手なのと、スイッチ入っちゃった久々知くんにお手上げなのとで、だんだんと涙目になってくる。
「好きって言って」
「……好きだよ」
「言わされてる」
ほら……。言わせるの嫌いなくせ、そうやって言わせるから。
久々知くんの腕からもぞもぞと腕を脱出させて、綺麗な顔を両手で挟む。
「信じて。好きだよ、兵助」
これ言うだけでめちゃくちゃ照れる。ので、めったに言わないんだけど。
言ってる私も多分顔が赤いし、久々知くんの白いほほがゆっくりピンクになっていく。
やめて、恥ずかしいのは私も一緒なんだ。
「……キスしていい?」
…………。
「……いいけど、火とめて」
「ベッド行きたい」
「いいけど、味噌汁沸騰させないで!」
いいけど。いいけど!
なんで男の人ってこう短絡的なのかな!!