「僕さぁ」
「はい」
「何度もさぁ」
「はい」
「言ったよね」
「はい……」

僕さ、何度もさ、言ったよね。間にいちいち私の返答を求める目線、超怖いです。

「なに?僕は洗い物要員なわけ?」
「いいえ滅相もございません……」

リビングに正座する私。の、目の前で仁王立ちの雷蔵様。

「僕が今一番言いたいこと、わかる?」
「えっ。……次があったら別れる……?」

途端、雷蔵の首がクイッと上にあがった。

「今すぐ、洗ってこい」
「イエッサー!」

マジこえぇよ。私はすぐさま立ち上がってキッチンへ走った。
足が痺れていて、若干転びかけたけれど。狭い家だ、壁を伝って走る。

背中から雷蔵の大きなため息が聞こえた。家事の遅い彼女で本当にごめんなさい!














「ご飯できた」
「ん」
「何見てたの?」

キッチンからリビングへ、食器を並べながら気になったので聞く。
雷蔵は、何枚かのチラシを折りたたんで脇へやるところだった。
私は新聞を定期購読していないので、チラシも当然、ピザ屋か寿司屋のものしか手に入らない。わざわざ持ってきたの?

「物件情報。あとで一緒に見よう」
「……うん」

うん……?

ふたりで向き合って座って、いただきます。

「今日はなまえにご褒美あるよ」
「冷蔵庫?タッパー、うちのじゃないのがいたけど」
「それ」

中身は何かな。ご褒美……うーん……またお母上かな。いつもお世話になります。
雷蔵は今日仕事が早番だったので、先にこの家に帰ってきていた。もしかしたら、職場から一度自分の家に寄ってきてくれたのかもしれない。

「僕、取ってくるよ」
「え、ありがとう」

食後、使った食器を重ねて雷蔵がキッチンへ行ってくれる。
家事に口うるさいけれど、こういうところは優しい。というか、ご家庭の教育が垣間見えて、なんとなく嬉しくなる。
自分じゃ何もしないくせに、何も手伝ってくれないくせに、って思うけど、おそらくは不破家の流れなのだろう。お母さんがやっていることを、私に要求しているだけだ。

だって、私が手伝ってほしい時には、手伝ってくれるもの。

「わー!チーズケーキ?」
「そ。またうちの母のだけど」
「雷蔵ママ、お料理上手だもんなぁ」

雷蔵母作のチーズケーキを雷蔵が机に並べる間に、私は先ほど雷蔵が見ていた物件情報とやらを広げてみる。

「賃貸?買うの?」
「いつかは買わなきゃだからね」

ふうん。

……家、かぁ。

「家買うなら郊外がいいかなと思うんだけどさ、まぁ、なまえも仕事やめたくないだろうし」
「……うん?」
「実家に帰りやすいところがいいし、駅よりむしろ高速のインターだよね。駐車場必須」
「……あー……っと?」
「まぁその、……二人で住むんだから、狭くてもいいかなと思ってるんだけど」

私はとりあえず、立ち上がった。

「食後だけど、チーズケーキだから紅茶でいいよね。いれてくる」

実家に帰りやすいところがいいし。
雷蔵の実家はガチ都内だ。何度かお邪魔している。高速どころか、地下鉄とJR利用した方がずっと帰りやすいだろう。

駐車場必須。私の知る限りでは、雷蔵はまだ運転免許もってないし、彼の生活には今のところ必要ないから、とらないものと思っていたのに。

二人で住むんだから。

子供、欲しいわけじゃないって、そう言ってくれてるって、思っていいのかな。

「どうぞ、アッサムです」
「どうも」

ティーカップ二脚を手に、リビングに戻る。雷蔵はチーズケーキをつつきながら、物件情報を見ていた。

「……どう?」
「えっ!?」
「さっきの僕の話。なまえは間違いなくうちの両親に気に入られてるし、僕は生まれも育ちも東京だけど、なまえの地元、いいところだと思ってるよ」

なんだ、これ。

なんだこれ!?

「どう?って聞き方がどうも……よく……わからないんだけど」
「お前、ほんとそういうとこ駄目だよね」
「今お前って言った?」

雷蔵はため息をついて、苛立ったようにチーズケーキをかじった。

「なんのためにうちの母がチーズケーキなんて焼いたと思ってんの」
「えええ……私へのご褒美じゃなかったの……」
「プロポーズにはチーズケーキでしょ!」
「知らないよ!なにそれ!絶対それ不破家だけだよ!初めて聞いたよ!」

なにそれ!プロポーズにはチーズケーキってなんだそれ!初めて聞いた!!絶対、絶対はっちーも久々知くんも知らないと思う!

「不破家ミステリーすぎる……」
「別にさぁ結婚したいわけじゃないんだけどさぁ」
「は、はぁ」
「僕は将来的になまえと暮らしたいし、そういう観点で家も見てるし、一緒に暮らすなら結婚しないと、親にも申し訳ないし」

で、でたー!雷蔵様だ!別に結婚したいわけじゃないけど、ときましたか。

まぁでも、その、

「気持ちはわかる」

あー、雷蔵ママのチーズケーキほんと美味しい。

「でしょ、わかるでしょ」
「うんうん」
「チーズケーキ美味しいでしょ」
「うんうん、美味しい」
「僕と結婚したいでしょ」
「うんうん……うん?」
「今度指輪見に行こうね」

あれ……。いつの間に結婚することになったんだ!?