「なんでお前うちにいんの」
「俺にもわからん」
「まず服着てもらっていっすか」

朝起きたら、家に、八左ヱ門がいた。多分、こいつ八左ヱ門。多分。

「……え、竹谷だよね?」
「はぁ?他の誰に見えんだよ」

なんで半裸で私の部屋の床にいたんだ。まったくわからんぞ。

「まず服を着たら、現状を確認したい」
「トイレ行っていい?」
「駄目だここは私の城だ勝手な出歩きは許さん」

トランクス一枚の八左ヱ門もなかなかだけど、私の方もパンツ、ブラ、キャミソールだ。いや私もなんか着よう。

さて、私はベッドの上、八左ヱ門はフローリングに正座させまして、いざ、確認。
ちなみにラグマットの上に座られるのは嫌だったので、一度座ったところを床に移動させました。

「八左ヱ門、死ぬとき、確かさぁ」
「え、そっちの確認?」
「何そんなにトイレ行きたいの?」

仕方ないな、じゃあ現世の話をするか。

「私達、高校一緒だったよね?多分」
「おう」
「何故声をかけなかったし」
「そこから?それはお互いだろ」

沈黙。

「……よしこれも後で話そう。昨日の夜、確か飲んでた気がする」
「それは俺も」

ですよね。大学の友人と飲んでたんだわ。

それで……そうだ、不破と八左ヱ門が飲み屋に来て。

「……なんで私の家に?」
「…………終電、逃したんじゃね?」

そこでベッドから取り上げた枕が八左ヱ門の顔面にクリーンヒット。

「いって!」
「避けろよ!それでも忍者か!」
「投げたヤツが何を!」

逃したんじゃね?じゃ、ねーよ。おかしいでしょ。なんで二人して記憶がないんだ?

「何かこう……超次元的な力が働いて……私達の記憶を抜き取られたとしか思えない」
「酒飲みすぎたんだろ」
「ちょっとトイレ行ってくるわ、あと飲み物とってくる」
「俺ここで漏らすぞ!?」

ふざけんなそんなことした瞬間に携帯叩き割ってから追い出すぞ。













無事にトイレを済ませ、八左ヱ門にトイレを明け渡してからコップにお茶を注ぐ。仕方がないので二人分。

しかし、……会話をするのは、400年以上ぶりなんだけどなぁ。なんだろうね、この違和感のなさ。

「お前口悪くなったな」
「何そんなに追い出されたいの?」
「いやすまん」

あー、これ昨夜シャワー浴びてないな。シャワー浴びたい。それにしても、なんでこんなことに。

なんでこんなことに。

「確認したいことはまだまだあるんですが」
「おう?」
「私達、なんか、服脱いでたし、なんか、ベッドにいたじゃん」
「……おう」
「……何か、あった?」

八左ヱ門が固まる。
私も動かない。

沈黙。

「…………多分、ない」
「多分ってなんだよ男だろ明言しろ!」
「絶対にない!」
「何を根拠に言ってんだ切腹しろ!」
「それ江戸時代ー!」

ふたりで一通り喚いてから、ぜーはーと息をつく。いやぁ、お茶が美味しいです。

「やばいよ、本気で記憶がない」
「俺らの初体験はお互いに記憶に残らなかった、と……」
「結局ヤッてんの?ふざけんなよマジで」

まぁ確かに、前世では清いお付き合いだったものね。お互いに夭逝だったし。お互いに忍者だったし。

「八左ヱ門って今何してんの?忍者?」
「いや社会人。なまえは?忍者?」
「いや大学生」

そうだよね。忍者なんてしてるわけないよね。

そっかー。私、ごく一般的な道を歩んでると思うんだけど、八左ヱ門だってそうなんだよね。
高校の時に、違うクラスで八左ヱ門を見かけた時に気づいていたことだけど。

もう、命の危険とか。あまりにも早く流れていく、自分の人生とか。
抱えなくていいのは、八左ヱ門も一緒なんだよね。

変に思い出させてしまっては悪いと思って、高校では声をかけなかった。彼には彼の命の道が、私には私のそれが、あると思ったから。

なのに、なんでこうなるかな。

「最後にさぁ、八左ヱ門さぁ、なんか言いかけてたじゃん」
「あー、そうだっけ?あんまり覚えてね、ってーなリモコンを投げるな!」
「覚えてないわけなくない?大事なことだよ?私が聞けなかった最後の部分が聞きたいんだけど?」

最後の最期、私たちは一緒にいた。私が先に死んだけど、あれは、あの直後八左ヱ門も死んだろうなと思う。

手を、繋いでいたから。私ももう冷たかったし、八左ヱ門だって。

「いやほんと、俺もすぐ死んだし」
「だろうね」
「あんなもん、生きてられるわけがねーよ」

八左ヱ門が一口、お茶を口に含む。

透明なガラスのコップから、茶色い烏龍茶が八左ヱ門の口に流れ込んで、きっと、喉に到達して、ほら、喉仏が上下する。

あぁ、彼は今ここで、生きている。

「……まぁ昨日の夜、俺らの間に何かあったとして」
「ベッド上でって意味?」
「そう」

八左ヱ門はうつむいて、小さな声で続けた。

「ちゃんと、責任はとるから」
「……八左ヱ門……」

私は立ち上がり、ゆっくりと八左ヱ門に近づく。わぁ、つむじ。相変わらず髪の毛ボッサボサだ。

それから、大きく右手を振り上げて、

「何故殴る!?」
「何故!それを!机を見つめて言うんだ!私を見ろ!」
「はぁ!?」
「八左ヱ門はいっつもそうじゃん!あの時だって2人並んで、手を繋いで、でも、八左ヱ門は空を見てた!」
「あの傷で身体動くわけねーだろ考えろ!」

そこからはもう、勢いだった。

「はぁ!?考えろ!?八左ヱ門には言われたくないね!」
「なんだよそれ!馬鹿!俺はなぁ!死に際になぁ!絶対にお前を娶るって決めたんだよ!死後だろうが転生後だろうが絶対にお前を娶るって!決めた!んだ!」
「あぁそう!?ありがとう!!嫁に行くから大事にして!!」
「当たり前だろ!!」

昨夜、初めて会話しただろう男と、なんか、結婚することになりました。