久々に久々知くんのいない土曜の昼下がり、遅めのランチもかねて買い物、少し遠出してもいいかなーなんて、軽い気持ちにずいぶんと軽装備で家を出たのだけど。

「えー!なんでいるの!?」
「いちゃダメか」

その人は、わふわふと二匹の犬を足にまとわりつかせて面白そうに笑った。

「散歩?」
「おう」
「……歩いて?」
「歩いて」

それなりに都会とはいえ、電車で二駅の距離なんですけど。竹谷くん健脚だなぁ。

「みょうじさんは?」
「買い物。あと、適当にランチ」

新地開拓したくて、歩ける範囲で遠出してみてる!
そう言えば、竹谷くんは首をかしげた。

「兵助は?」
「なんでそこで久々知くんでてくるの?昨日研究室泊まって、朝自分の家帰ったってさ」

大学院生は大変だよねぇ。論文の中間発表前の提出期限が近かったんですって。

久々知くんはわりと真面目にこつこつ進めるタイプだけど、でも、わりとサボる。徹夜したり、そういう無理は直前よりも途中でやるみたい。
サボった分はすぐに取り返さないと気持ち悪いんだと。夏休み最終日に徹夜してた私にはまったく理解できません。

「じゃあ、……俺も昼はまだなんだよね」

ここで少し立ち話して、あとはハイサヨナラかと思えば、竹谷くんは微妙な顔で言う。
少し、意外だ。竹谷くんからランチのお誘いがあるなんて。

「でも、わんちゃんは?」
「ここらへん、連れて入れる店多いんだ。近くにドッグランとかも多いし。俺はそういうカフェとか、入ったことないけど」

じゃあ、竹谷くんにとっても新しい冒険なのか。

いいね、いいね。楽しくなってきたぞ。












竹谷くんがあまり入ったことないという理由はなるほど、すぐにわかった。

とにかく、女性客が多いのだ。

「雰囲気いいねー、皆ペット連れてる」

隣の席の女の子が膝に抱えている小型犬がかわいい。なんだっけ、チワワかなぁ?犬種には疎いので、よくわからないけど。

「竹谷くんもこういうとこ、彼女と来ればいいのに」
「いないの知ってて言ってるだろ」
「え、いないんだ?知らなかったー」

まぁ、予想は出来てたけど。いっつもまわりにいじられてるもんね、それで。

「なんで?彼女、つくらないの?」
「……サンドイッチ美味しいな」
「竹谷くん、それはカルツォーネ」
「かるつ、……おーね」

そこで私は、はたとひとつの可能性に気づいた。

「竹谷くん、もしかして、忍者にカタカナ語は必要ないとか思ってる?」
「思っ……てねーけど」

思ってるんだね……。私はため息をついて、アイスティーの氷をくるりと一度かき回した。

「久々知くんはアップルタイザーも覚えてたよ、五年生の久々知くんが」
「……兵助はだって、ほら、な?」
「女の子と付き合いたいなら、ある程度お洒落な単語も覚えなきゃ」

そうだ、テストしてみよう。

「竹谷くん、じゃあ、サマンサタバサ」
「お菓子?」
「……シャネル」
「マリリンモンロー!」
「うーん……ザッハトルテ」
「ざっ……?」
「じゃあ、ジェノベーゼ」
「青のり」

青のり。

「青のり」
「……緑じゃなかった?」

青のり。

いや、のりじゃねーよ。

「どちらかというと、バジルかな?」
「あ、あー、なるほどな!」

素晴らしい笑顔だ。太陽のような笑顔だ。

「竹谷くん、テストの結果を発表します」
「はい」
「全然駄目、落第です」

例えばこのお店のメニュー、紅茶やコーヒーがちょっとこだわりを感じてお洒落なんだけど、竹谷くんにはわかっていないだろう。

「じゃあ俺からもみょうじさんに、テストな」
「うん?」

竹谷くんから私へ、テスト?

「シーズー」
「犬……?」
「メインクーン」
「じゃがいも」
「アメショ」
「……アメリカで流行ってる髪型?」

なんだなんだ、なんのテストだ。

「マルチーズ」
「チーズ……カビてる青いチーズ?」

竹谷くんは笑い出した。なんだよ!なんのテストだったんだよ!

「メインクーンとアメリカンショートヘアは猫、マルチーズは犬な」

カッと顔に血が上る。恥ずかしさで、おそらく顔は真っ赤だ。

でも、でもね、竹谷くん。
これでおあいこ、とか思ってるのかもしれないけど、そもそものテーマを忘れてもらっちゃ困る。

「竹谷くん、それだけカタカナ語覚えられるのに女の子が好きなものひとつもわからないって、逆に致命的だよ」

墓穴を掘ったな、生物委員会め。