引越し先 | ナノ

 5


月曜日。

「いいですか、今日は家からでないこと」
「わかりました」


「今日何かしてた?」
「テレビ見てました!」
「あぁ、そう……」



火曜日。

「この前教えたように、何かあったら角の公衆電話からこの番号に電話をかけること」
「わかりました」


「今日何かしてた?」
「テレビ見てました!」
「あぁ、そう……」



そして、今日。

「一応鍵を預けておきます。使い方はわかるよね?」
「大丈夫です。ありがとうございます!」
「まぁ道に迷うってことはないと思うけど、出るなら散歩程度にね。あと戸締り忘れないように」

で、会社行って、2時間残業して、午後8時、現在。

「久々知くん、料理できたの……」
「麻婆豆腐です!」

やたらキラキラした笑顔と、テーブルに、出迎えられた。

なんだこれ。

「……えっガスコンロわかった!?」
「はい、杏里さんが使うのを見ていたので」
「お米は!?」
「すみません、取扱説明書を勝手に見ました」

ぱかりと炊飯器を開けてみると、これはまぁ見事に、炊けていた。見事に、炊けていた。
すみませんと言う割にまったく悪びれない笑顔。お前取説なんてどこから見つけ出してきたんだ。暇に任せて家中探したんじゃないだろうな。プライバシーはどこへ……。
久々知くんには早めに毎日のタスクを与えた方がいいかもしれない。

とりあえず寝室でラフな格好に着替えてから手洗いうがいを済まし、テーブルに座り込む。
私のエプロンを勝手に身につけている久々知くんがいそいそとカトラリーを出してきてくれるのがまた、変な感じだ。
ううんかわいい……可愛すぎる、もう少しシンプルなエプロン買うべきか。

いただきますと手を合わせて、一口。

「…………おいしい」

そう、美味しいのだ。
久々知くんは嬉しそうに笑ったあと、自らも口に含み、なぜか微妙な顔をした。

「冷蔵庫にあった豆腐を使ったんですが……少し水っぽいですね」
「ん、そう?美味しいよ」
「いえ、やはり豆腐は豆腐屋で買わないと」

……?
何言い出してんだこいつ。

「えーっと……スーパーの豆腐でごめん」
「……杏里さんが悪いわけでは」

そう言うわりに表情が不満タラタラなのはどういうことなんですかね?

まぁ、後から思うに、久々知くんはわけのわからない異世界に突然飛ばされて、忍たまとして生きてきた時間を全否定されたあげく、月曜日から3日間外にも出ずに、拘束されていたわけだ。
今日は鍵預けたけど、外出してないらしいし。
なので、後から思うには、ストレスの爆発だったんだと思う。後から思うには。

「……豆腐というのはですね、杏里さん」

まぁ、わかりやすく言うと、そのストレスの爆発っていうのが、豆腐で発揮されたわけで。

食事中から始まった豆腐講座は、私がベッドに入るまで続きました……。
久々知くん、私がシャワー浴びてる間も脱衣所でずっと喋ってたんですが。なにこれ。

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