引越し先 | ナノ

 25


家のチャイムが鳴った。土曜午前、私は全力疾走で玄関へ向かう。

の、だけど。

「な、なんで久々知くんも走ったの」
「杏里さんこそ、誰か来る予定でもあったんですか」

2人で競い合うように玄関のドアを開けると、やはり私が思ったとおり宅配のおにーちゃんが、ちょっと驚いたような顔で段ボールを抱えていた。ふたつ。

「えーっと……弓束杏里さんにお届け物です。ふたつ」
「ふたつ」
「ふたつ」

ふたつ。久々知くんと視線を合わせる。はて、私は確かに通販したけども。

とにかくどちらの荷物も私宛だったので、サインをしておにーちゃんにはお引き取りいただく。
実家からの荷物かしら。とか思いながら差出人を確認して、

「あれ?同じ店だ」
「ちょっと待ってください、貸して」

私が通販した店から、段ボールがふたつ届いていた。
何故か焦ったような久々知くんがひとつ手元からさらっていく。

う、うん?これは、もしや、

「……久々知くん、通販とか、した?」

久々知くんがゆっくりと私を見る。

「……杏里さんこそ、通販はあまりしないんじゃなかったんですか?」

なるほど。何が起こったのか、わかったぞ。









久々知くんが何を買ったのかまったくわかりませんが、お店が同じというあたりから予想はついている。
おそらく、久々知くんも私が何を買ったのか感づいてるんじゃないかな。

結局2人とも何を買ったのか言わないまま、ひとりひとつ、同時に段ボールを開けることとした。
何しろ久々知くんも私の名前でお買い物をしているので、どちらの箱がどちらのものだかわからない。

「じゃーんけーんぽん!」
「……杏里さんが選んでください」
「じゃー、私こっち開ける」
「ではこちらは俺が」

久々知くんが教育番組で最近覚えたジャンケンにより担当を決め、私はカッターを握り締めた。
そこはジャンケンなどもなく、自然に久々知くんがハサミ、私がカッターだ。なんか渡された。まぁ、ハサミで段ボール開けようとすると怪我するしね。

緊張した空気の中、無言の開封作業が行われる。
こんなにも空気が張り詰めたのは、この家で初めてだと思う……。

蓋をあけて納品書を取り出し、それを確認するより早く、下に入っていた商品が目に入る。

「え、これ、」

先に喋ったのは久々知くんだった。

「かわいい……!!なにこれ!?」

次に私の悲鳴があがる。

入っていたのは、紺色の浴衣だった。透明なビニール袋に入っているそれを引っ張り出すと、紫の紫陽花の柄が本当にかわいい。
わああ、大人っぽい!なにこの浴衣、かわいい!

まぁとにかくこちらの段ボールは私のものではなかったわけだ。ということは、久々知くんの方は。

「……杏里さん、浴衣を贈るような男性がいたんですか」
「久々知くん用なんですけど!?」

なんでそこで自分のだって発想がないかな!?

私が通販したのは、紺色の大人っぽい男物の浴衣。
明日の日曜日に、近所じゃちょっと有名なお祭りがある。らしい。
先週その情報を掴んだ私は、久々知くんと一緒に行くとすぐに決めた。いや、断じて、他に友達がいないわけではない。断じて。

で、まぁ、久々知くんに浴衣を着せたいと思ったんですよ。
金曜日の帰りの電車の中で散々ネットで調べて、こういう色の浴衣にしよう!と決定。浴衣通販の定番サイトの中からお店も決めておいたわけ。で、土曜の朝のうちにぱっぱと通販。
私は人混みですぐバテてしまうタチだし、まぁ洋装でもいいかなと……。浴衣、持ってるのは全部実家に置いてきてるし。正直なところ、女性ものの浴衣は高いし、一式揃えるとなると二人分はしんどかった。
実家に帰ればあるものを、わざわざ買うのも嫌だったし。
久々知くんに浴衣を着せたい!が1番だったから、久々知くんの分しか買わなかったのだけど。

といった話を、全部は話さないけれど、つらつらと語ってみる。

「……俺は、その、俺も、明日が祭りだと聞いて」
「うんうん」
「杏里さん、浴衣持ってないから、女性はそういったイベントが好きだと聞いたし、喜んでくれるかと」
「めちゃくちゃ喜んでる!!」

俺は甚平でいいかなと思って。なんて言うけど久々知くん、見た目が大人っぽいんだから絶対浴衣の方がいい。これは絶対。
あと、よくもまぁ普段寝巻きにしている格好で外に出ようと思ったな!?

「えー、えー、かわいいこれめっちゃかわいい、女の子の浴衣は高かったでしょう」
「いや、値段はそんなに……そんなことよりその、これ、本当に俺のなんですか」
「久々知くんのだよー!着てみて!着てみて!あ!帯!あと下駄!」
「下駄まで買ったんですか!?俺の!?」

そんなこと言うけど、私の手元の段ボールにも下駄入ってるんですが。

「一式買ったのかよ……久々知くんの財力すげーな」
「本当に帯と下駄入ってる……」

わちゃわちゃと2人で浴衣を眺め、浴衣着るのは明日にとっとこうか!とオチはついた。
その時点でかなりいい時間になっていたので久々知くんがお昼ご飯を作り、私はリビングをざっくり片付ける。

私リクエストのオムドリア(美味しい)を2人で食べながら、久々知くんが思い出したように言った。

「あ、すみません」
「なんだい」
「俺、作り帯?がどうしても違和感で……流行りの色柄の帯にしたんですが、杏里さん結べます?俺が結んでもいいですけど」

至って真面目な顔で言う久々知くんに、私は思わずスプーンを置いて顔を抑えた。

「自分で結べます……」

いい歳ですしね。
いやしかし、なんというか、女の子の浴衣の帯結びますよ、とか……。久々知くんにはそろそろ、少女漫画でも読ませるべきかもしれない。
こういうこと言うと女の子はときめいちゃうから気をつけなさい、的な意味でね。

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