引越し先 | ナノ

 19


はっちーとの飲みは楽しかった。
久々知くんのことぐいぐい聞かれるのかと思ったけど、どういうつもりなのか全然そんなことなかった。はっちー頭いいし、腹のそこで何考えてるのか全然わかんないから、ちょっとこわい。
でも聞かれないのであれば、それが一番だ。話さなくて済むなら、できれば話したくない。
はっちーにしても、大学時代の親友にしても、いい人だから話してもいいかなとは思うんだけど。

異世界からの客人なんて、ねぇ。話せないでしょ。

ご飯中の話題は主に職場の話、私の地元の友人の話や、彼の昔の友人の話も少しはした。
職場の話というのは愚痴を含む。というか、仕事以外の面での、同僚や上司の陰口がほとんど。
なので当然会社からは少し離れた駅のちょっとおしゃれな飲み屋を選択している。まわりに会社の人がいたらたまんないものね。

久々知くんとはきちんと連絡をとっている。
なんとなく今朝のことが引っかかっていたというのもあって義務的に、帰りが遅いこと、夕飯はいらないこと、それから私の現在地。予測される帰宅時間。など。
一緒にいる人に申し訳ないので食事中はそんなにこまめに携帯を見ないけれど、店につく前までにそれだけはメールをいれておいた。

そして、気持ちよく酔っ払って、はっちーと店をでたんですが。

「お前、酔ってるな」
「えへへ、そうかも」
「しっかり歩け、転ぶぞ」

はっちーに肩を支えられ、駅まで歩く。あー、もうこんな時間か。久々知くんに連絡いれないと。

そんなことを思いつつ携帯を開いて、入っていたメールに変な声がでた。


ーーそちらまで迎えに行きます。店を出たら連絡をください。


「いやいや」
「は?」
「いやいやいやいや」

メールを返しつつ、頭を抱えたくなる。
私ははっちーから君を隠し通したいんだがね。何を考えているのかね。
そちらまでって、おそらく、いつもみたいに家の最寄駅、では、ないよねぇ……。

「どうした」

はっちーが私の携帯を覗き込むのをなんとかかわし、曖昧に笑う。

「えーっと、この前はっちーに見られた地元の友達の弟がね、まだいるんだけど」
「あぁ」
「うぅ……えっと」

なんて言ったらいいの。

「会いたいって?」

はっちーからの助けに、私は飛びついた。

「そう、そう言われて。駅にいるんだって」

おそらくだけど、久々知くんはもう駅にいる。この時間、もう本屋なんかは閉まってるけど、コンビニにでもいるんじゃないかな。

「なるほど、紹介してくれるんだな」
「いや、それはどうだろうなー!?」

はっちーに久々知くんを紹介?冗談きつすぎ。
久々知くんをこの世界で守り抜くことは私の使命でありしたいことだ。いや、職場の同期に紹介とか。無理でしょ。
久々知くんには、できる限りこちらで知り合いを作らせたくない。
学園が私を守ったように。私も久々知くんを守りたい。

「まぁ、いいけど。どこにいるんだ」

言われて携帯を確認すると、やはり返信には「先ほど着いて、改札でて右のコンビニにいます」とあった。
そういえば久々知くん、変換も使いこなせるようになったんだよね……成長早くてびっくりだよ。

「コンビニで待ってるってー」
「ふぅん」

はっちーは当然ついてくるだろうし、どうすればいいんだろう。
にわかに焦る。会わせたくないのに、酔ってるせいで、全然思考がまとまらない。どうしたらいいの。
でも、私の心配は杞憂だった。

「じゃ、ここまでな」

久々知くんがいると思われるコンビニの入口で、はっちーにポイと捨てられる。おや?

「え、あ、うん」
「ちゃんと家まで送ってもらえよ」

過保護なはっちーがこんなあっさりと私を置いていくなんて、珍しい。

「じゃあ、また、月曜日」
「おう」

はっちーはさっさと改札に向かい、私は首をかしげつつコンビニへ入る。
久々知くんはすぐに見つかった。

「久々知くん」

漫画の立ち読みをしていた彼に声をかける。

朝、家を出るまで一緒にいたはずなのに、なんだか久しぶりな気がする。

「杏里さん。今日もお疲れ様です」

帰りましょうか、なんて。持っていた漫画を棚に戻し、久々知くんが私の手を取る。

あぁ、自然だ。

「久々知くん、今朝はごめんね」

コンビニから連れ出され、改札へ向かいながら、口は勝手に動いていた。

「何が?」
「無視するみたいに、家を出ちゃって」

私を振り返った久々知くんは、なんとも絶妙な表情をしていた。
眉間にシワが寄ってる、なのに口元はほころんでいる。

「……よかった」
「え?」
「今日、杏里さんからのメール全部なんだかそっけないし、まだ怒っていたらどうしようかと思っていたんです」

そ、そんなにそっけなかったかな……なんとなくおふざけするのもはばかられて、業務日報みたいな文体にはなってしまったけれど。

「全然、怒ってないよ!いきなりの質問にびっくりして、私が悪かったね」

お酒にほくほくと暖まった手先に、久々知くんのひやりとした手のひらが心地よい。

「いえ、俺こそ唐突に不躾なことを聞いて、すみませんでした」

久々知くんが眉尻を下げる。あぁ、なんて、

「久々知くんは可愛いねぇ」
「それ、嬉しくないんで」

思ったことをそのまま口に出したら案の定、嫌な顔をされました。なんか最近、これが楽しくなってきたよ。

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