引越し先 | ナノ

 15


その後久々知くんの手厚い看病により夜には完全復活を遂げた私は、翌日から仕事に復帰しました。

はっちーから話を聞きつけた大学時代の親友が心配して薬やご飯を届けると言ってくれたのだけど、必死にお断りしました。だって家に、久々知くんいる。
大学生のときから同じマンションに住んでいるし、まぁ、大学時代はね、若かったから。飲み会で潰れて親友に送ってもらうとかね、何度かやらかしてるから。
こっちに来てから地元の友人たちとは少し疎遠だし、彼は親にも紹介を済ませたもうなんかいろいろ公認な親友なんですよ。
そんな人の申し出を丁寧に、だけどしっかり断り、はっちーからの夜の電話もそそくさと切ってしまったので。

その、簡潔に表現すると、怪しまれました。

「昨日大丈夫だったか」

という朝の一言から始まり、

「なんであいつを家に呼ばなかったんだ?昨日早番だって聞いてたから弓束の様子見てくれって頼んだんだけど」

という昼休みのお言葉からの、

「見られたくないものでもあったのか?」

という午後休憩の質問、

「お前この前の週末、池袋にいたろ」
「なんで知ってるの!?」

私の体調を気遣ってか久々に定時に上がらせてもらったのだけど、会社のロビーで大声をだしてしまった。

もちろん、もちろん、周りから久々知くんを完全に隠せるとは思っていない。
人はそこに存在するだけで、周囲から認知されるのだ。街で他人に見られる程度にはなんの問題もないし、逆に、それすら隠そうとすると久々知くんを家に監禁するしかなくなってしまう。
忍術学園から一歩も出ることを許されなかった私ですら、結局学園外部の人に見られてしまっていた。確か、えーっと、山田先生の息子さんに見つかったんだ、あの時は。

「やけに若い男だったな、未成年なんじゃないか?」

成人してないどころか、14歳なんですけどね。あっそういえばあいつ一昨日酒飲んでなかった!?今唐突に気づいたけど!!

「そ、そこまで見られてたの……」
「なるほど、年下のカレが看病してくれてたってわけ」
「あの子はそんなんじゃなくて、」

そんなんじゃなくて、なんだろう。なんて説明すればいいんだろう。

会社から駅まで2人で並んで歩きながら、冷や汗。
この場を切り抜ければいい、ただそれだけだ。久々知くんはいつかはいなくなる、私のデータを元に考えれば、半年くらいで元の世界に帰る。
だから、適当に誤魔化して、この場は済ませてしまえばいい。

本当に、それだけ?

「………………日曜は、友達の弟が、東京来るっていうから、案内してたの」

我ながら強引すぎる……。でも咄嗟にこれくらいしか思いつかなかった。
私の東京での交友関係が狭いことは、周知の事実だ。なので地元の友人の弟ということにしてしまう。

「昨日はだって、熱出てたんだよ。移ったらあいつにも悪いし」
「咳はなかったんだろ?」
「念には念を、ね?」

ふぅん。はっちーは行儀の悪いことに歩きタバコの煙を吐きながら、もの言いたげな目で私を見た。おい、絶対ポイ捨てすんなよ。

「ま、そういうことにしといてやってもいいけど」
「……なによ、その言い方」
「友達の弟ねぇ?手繋ぐほど可愛がってんのな」

あっ、あーっ!
そうか私あの日久々知くんとずっと手つないでた……!そんなのも職場の同僚に見られるとか。マジで。死ねる。

「そいやお前、今いくつだっけ」

私に吸いさしの煙草を差し出しながら、はっちーが唐突に話題を変えた。
鞄から携帯灰皿を引っ張り出しながら、私は眉を寄せる。話題にも、行為にも納得いかない。

「何言ってんの同期でしょ。こないだ24になったばっかりだよ」

ポイ捨てが私に叱られるのわかってんならさぁ、携帯灰皿くらい自分で持ち歩いてよね!

「24か。誕生日祝いそこなったな」
「教えてなかったからね」

なぜ唐突に年齢の話になるのだろう。はっちーは頭もいいし、仕事もできる人だけど、たまによくわからない思考回路をしている。

そこからはしばらく無言が続いた。
夕暮れの街をぷらぷらと2人で歩く。この人との沈黙は嫌いじゃない。

駅について改札を通る頃になって、彼が何か小さく呟いた。

「えっ?今なんて?」
「なんでもない。近いうちに飲もうぜ」

あ、うん、いいけど。
プラットフォームへ向かいながら、はっちーが小さく笑う。

「その、友達の弟。紹介しろよ」

だめだ、全然騙されてくれてない。どうしよう。











「そういったわけで、金曜日は帰りが遅くなります。ごめんなさい。久々知くんのこと全然守れてません」
「別にそれはいいですけど、結局久々知なんですね」

久々知くんは首を傾げた。えっなんの話?待ってこれ結構重要な話じゃない?久々知くんのこと周りにバレちゃったって言ったんだけど。
そんなことより、って感じの軽さで引き出された話は、私にとってはそれこそ、別にそれはいいですけど、って話だった。

「名前、教えたのに」
「あ、兵助くん?ごめん、なんか久々知くん呼びに慣れちゃってて定着しなかった」

努力はしたんだけどね。結構何度か兵助くんって呼んだんだけど、定着しなかった。

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