短編 | ナノ


▽ 彼方へ飛んで


「雷蔵に、聞いたよ」

なまえに会うのは卒業してから1度一緒に温泉旅行に行って以来、2年ぶりだった。

「随分遅かったんだね」

何が、とは言わない。けれど何を言いたいのかはわかるし、会って一言目がこれってなかなかひどくないか。

「……雷蔵に会っていたのか」
「なに言ってるの、私と雷蔵が今一緒に仕事してるのあなたのおかげでしょ。ひと月おきに会ってるよ」

その目が私を責めているのがわかっているから、真っ直ぐ目が見れない。ため息をつきたいのをこらえて、湯呑を煽った。

「にしてもねぇ、可愛い人なんでしょ?くの一じゃないって聞いたけど」
「やめてくれよ」

こらえきれずにそう言えば、なまえは素直に口を閉じた。

「直接伝えなかったのが、悪いとは思っている」

なまえが17にもなってまだ嫁にいかず、働いていることは知っている。
他でもない私が、自分の半身に頼んで彼女の情報を得ているのだ。くの一の情報は、掴みにくい。フリーで働く彼女に、鉢屋の里から忍務を依頼し続けているのは、彼女を見失わないためだ。

「でもやっぱり私は、」
「三郎。あのね」

言葉を遮られて、そっと手を掴まれる。

「あなたが若頭だって、なんとなく思ってたよ。私が思ったとおり、やっぱりあなたがなった。だから、その言葉は言っちゃいけない」

このまま彼女とふたり、手を取り合って走り出せたら。
どうしようもない妄想だ。里には雷蔵がいる、何人も大切な馴染みがいる。
すべてを捨てて彼女と逃げ出すことなんて、できるわけがない。それでも、それでも私は。

「大丈夫、あなたなら里を率いていける。大丈夫だよ、三郎」

お前ではない女と添い遂げてもか。
必死に言葉を飲み込む。なぜお前はそんなに笑顔でいられる。

「私は三郎を信じてるよ」

ハッとするほどに強く優しい一言だった。

「だから、ね、三郎。結婚おめでとうって、言わせてよ」


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