短編 | ナノ


▽ ブラックデイブレイク


ここまでか。

気配に囲まれたことを悟り、雷蔵と背中を合わせる。
まさか忍務実習で失敗するとは。兵助、早く学園に戻ってくれよと唯一の頼みの綱に念じる。
実習だから、学園から救援はくるはずだ。しかし私達はもう5年生、先生方の監視もなく、救援が間に合わなければ最悪の事態もありうる。

なんとか、生きて帰らなけらば。

森の中、囲まれた気配が動いた瞬間に身をかがめる。雷蔵が苦無を投げようとした、そのとき。

「……え?」

覆面からくぐもった声が漏れる。私のものか、雷蔵のものか。

木々の奥からドギャッバキッみたいな音が連続して聞こえてきて、なんだか悲鳴のような声も。

「救援か……?」

しかし、忍術学園の教員がこんな派手な暴れ方をするだろうか?

私と雷蔵が呆然としているうちにも粛清(?)は終わったのか、黒い忍装束が木の陰から姿を表す。
いやなんというかもう、攻撃とかじゃなかった。粛清だった。救援は暴君だったのか?それならなんかこう、もっと雄叫びとかドンドンとか言いそうだけど?

「若!」

ちがった。

頭に手を当てて大きくため息をつく。お前かよ!

「なまえ……お前なぜここに」
「三郎?誰?」

警戒する雷蔵を手を振っておさえて、黒い忍装束に近づく。
見慣れた白い、狐の面。

「若がピンチとあれば、このなまえ、いつでも駆けつけますれば」
「頼んでない」

小柄な体躯に似合わず、強烈なパンチとキックを持つこいつは、正しくうちで、鉢屋衆で飼っている忍だ。

「雷蔵、こいつはうちの里のやつだ。ちょっと馬鹿だが……信用はしていいはず」
「三郎の?里?」

忍術学園の仲間に自分の実家について話したことはあまりない。雷蔵は少し困惑している。それもそうだろうな。

「なまえ、お前何をしたのかわかっているのか。里の忍が勝手に城の忍を攻撃するなんて」

するとなまえは首を傾げた。面をしていてもわかる、いつもの、きょとりとした表情だ。

「私はあまり攻撃していませんよ?竹谷様の狼も、ほれ、こちらに」

そう言って背後から押し出す狼よりも、私は別のことが気になった。

「お前なぜ竹谷の名を知っている?」
「は?竹谷八左ヱ門様、ご学友ですよね?」
「ストーカーかよ」
「いいえ、見守っていただけにございます」
「ストーカーかよ」

ため息がとまらない。誰かこいつなんとかして。

そこへ駆け寄ってきた気配、は、これ犬に跨っていたな?
犬から転げ落ちるように八左ヱ門が私の前に立ち、殺気を放つが、なまえはものともしなかった。

「ほら、竹谷様もお見えに」
「八左ヱ門、気持ちはわかるがこいつは信用してやってくれ……」

それと狼ありがとうな。助かったわ。

「……なにもんだ?」
「うちの里の忍だ」
「は?」
「初めまして、竹谷様、不破様。若がいつもお世話になっております」

礼儀正しく腰を折るなまえ。いや、そうじゃないだろ。

「尾浜様、久々知様にもご挨拶しとうございますが、若はそろそろ学園に戻られなければ。追っ手が来てしまいます」

いや、だから、そうじゃないだろ。

「お前このあとどうするつもりだ」
「里に戻ります」
「なまえ、わかっていないわけないだろう」

鉢屋衆は厳しい。里の決まりを破った者を、許すわけがない。
そもそも私に干渉することすら禁じていたはずなのに。

「この命は若のもの。若は唯一絶対の存在にございます。若を救えた今ならば、死ぬことなど怖くは」
「もういい」

里にいたときに何百回も聞いた文言だ。聞き飽きている。手を振って止めさせて、八左ヱ門と雷蔵を振り返った。

「悪い、こいつ連れて帰るわ」
「は?」
「は?」
「え?」
「連れて帰るって……学園に?」
「あぁ」

なまえは里に戻れば殺される。私は里の長の息子ではあるが、里の決まりは変えられない。

「……若!やはり学園では私がお傍にいることができず、お寂しい思いをなさっていたのですね!?もちろん、もちろん、このなまえも同じ思いをしておりました!私も若のお傍にいとうございます!若!一生ついてまいります!」

喋り出したなまえを無視して、八左ヱ門と雷蔵をうながして歩き出す。

「怪我はないのか?」
「おう、ない……けど」

「学園では何をすればよろしいでしょうか!?若のお傍にいられるのであれば、このなまえ、なんでもいたします!」

「あの、三郎……あの」
「早く帰るぞ。兵助達が救援を呼んでくれただろうし、とっとと合流したい」

「若!まずは湯浴みですね!?もちろん、もちろん私にお背中をお流しさせてくださいませね!?それともすぐお休みになられますか!?もちろん私に添い寝をさせてくださいますよね!?」

やばい。殺しといた方がよかったかもしれない。


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