短編 | ナノ


▽ 燃えよ世界


※江戸時代転生






上様、つまり将軍の真上で息をひそめる。これが1日、四刻。だいたい8時間だよ。
くの一が天井裏に潜むことは珍しいらしいのだけど、警備の関係で、今人手不足だから仕方ない。
埃っぽい天井裏を這いずっているというのに、音もなく同僚が横に来たのがわかり、ふっと息をつく。疲れたって意味の矢羽根だ。
同僚は気配だけで少し笑った。交代の刻限だ。
んん、と少し背骨を伸ばして、私もまた音もなく、その位置から移動する。さっさと風呂に入って仮眠をとりたい。







忍びの能力を持って生まれついた私は、小さい頃から鍛錬を怠ることなく、くの一として育った。
誰も私にその道を示しはしなかったが、流行り病で両親が死んですぐ、お庭番衆を志した。
この時代で、忍として生きるにはそれが1番だと思ったからだ。
忍術も身のこなしも誰に学んだわけでもなかったけれど、お庭番衆にはわりと簡単になれた。
そしてそこには何人か、私と同じように、忍の才能を生まれ持っていた連中がいた。

「三郎、いたの」
「今起きたところだ」

そのうちのひとりは私と同年で、まぁ、前世というやつでも私と仲間だったり。

地下のお庭番衆詰所で、三郎は眠たげにあくびをした。

「そっちはどう?昨日まで行ってたんでしょ?」
「ありゃ駄目だな。報告書はもう上げたから、そろそろお侍さん達が動くだろ」

あちゃー、やっぱ駄目だったか。

「まぁ見るからに怪しいもんなぁ」
「そういえば南に潜入中のお庭番にも会ったぞ」
「誰かいた?」
「聞いて驚け」

三郎はもったいぶってニヤニヤと笑う。前世で仲間だった不破雷蔵が今でも恋しいのか、また同じ顔をしているが、表情はとても似つかない。

これは誰かに会ったな。わくわくする気持ちをおさえて、興味なさそうな顔で続きを促す。まぁ、どうせ三郎にはバレてるんだけどさ。

「孫兵がいた」

私は盛大に食いついた。そりゃあもう。

「マジで!?まごへー!?マジで!?マジで!?」
「マジだよ」

警備疲れも吹っ飛ぶ情報だ。マジかー!孫兵ー!江戸に帰っておいでー!!
おねえさんが蛇でも虎でも買ってあげるよー!

「会いたいわー!うわー!孫兵も忍者してるのかー!」

前世の仲間はぽつりぽつりと見つかってはいるけれど、再び忍の仕事をしている子は少ない。
1度仕事で西に赴いた際に、髪結いどころ斎藤を見つけたときは吹いた。杏里ちゃんには情報タダであげるーとほわんと笑ったタカ丸さん前世と変わってなさすぎワロタ。その節はお世話になりやした。

「まぁ弱くはなってたけどなぁ」
「そりゃそうでしょー。大戦国時代は終わってるんだよ、忍の需要も少ないし、養成所もないしね」

学園長先生なら、転生したらまた忍術学園つくるくらいのことはしそうだけど。ねぇ?しそうじゃない?

と、そこへ詰所に駆け込んでくる気配。誰だ、忍者なのに足音までたてて走りやがって。

「大変だ!」
「先輩口調が男になってますよ」

駆け込んできたのは大奥務めの女性、橘。もとい仙子さん。もとい、前世では立花仙蔵と名乗っていた人。の女装した姿。
お庭番のひとりだけど、仕事で大奥にいる。なんでくの一の私にこの命令おりなかったかなー。

「やかましいわ!それより話を聞け!」
「立花先輩お茶飲みます?」
「なんですか、片割れの潮江先輩でも見つかりました?夫婦復活?」
「山村喜三太と福富しんベヱでも見つかりました?湿り気?」

立花先輩がこんなに取り乱すのは珍しい。三郎は呑気にお茶を煎れてるし、私も煎餅を手から離すつもりもないけど、まぁやばい事態なんだろうな。











「大川平次渦正と名乗る人間が忍術学園という機関を創設したらしいという情報が入った」











ばりん。煎餅の割れた音か、茶器の割れた音か。とにかく音が響いたあと、詰所は無音になる。

マジかよ。お庭番とかさっさとやめよう。


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