▽ 共犯者
行儀見習いで家から出されてそろそろ四年。
学ぶことの楽しさ、身体を動かす喜びを知り、三年。
自由奔放な少女たちをまとめてクラスを率いていく責任を受け止めて、二年。
恋、一年。
大切な時間を過ごしていたのになぁ。
「勘ちゃん先輩達、……」
知らせなくていっかぁ。
部屋を片付けながらため息をつく。
くのいち教室の学級委員長なのに、こんなタイミングで、縁談なんて。
あらかた荷物はまとめて、家へ持ち帰らない小道具や、くのたまの道具はすべて友人達へ譲り渡した。
ほとんど身一つで帰るような状態だ。どうせ嫁入り道具ですべて新調してくれるだろうし、ここで使っていたものを持ち帰っても、自分が辛いだけ。
空っぽの部屋を出て、少しためらってから、振り返る。
深く頭を下げた。この四年間、お世話になりました。
「なまえちゃん」
くのいち敷地を出てすぐ、木の上から声をかけられる。
「あら、皆さんお揃いで」
見上げれば、何人かの五年生がこちらを見下ろしていた。彼らもこの春が終われば六年生だ。やはり、意図的に気配を消されてしまうとまったく気づけない。
太い木の枝に寝そべって頬杖をつく勘ちゃん先輩は、図書室で読んだ異国の物語に出てくる、英国の猫のようだ。
「くのたまの子達に聞いたよー」
その一言で、勘ちゃん先輩が何を言いたいのかだいたい理解できた。瞳の奥に、少し責める色。
ずるいよ。本気出したらそんな感情、綺麗に隠しおおせてしまうくせに。
「お迎えは来るの?」
「……途中まではひとりですー」
のんびりと、いつものような受け答えを目指して。
学園に大々的に籠をつけてしまうと迷惑なので、大通りまではひとりで徒歩だ。
なんでここで、先輩たちに見つかっちゃったかな。黙って出ていくつもりだったのに。
ふと、三郎先輩が木の上から遠くを見やる。久々知先輩と竹谷先輩が目を合わせた。なんだなんだ?
「勘右衛門、今なら行けるぞ」
「よっし、じゃあちょっくら行ってくるわ!」
勘ちゃん先輩が身軽に飛び降りてくる。びくりと私の肩が揺れた。何この人、あの高さから飛び降りてきて、音ひとつしない!
続いて三郎先輩も降りてきて、ぐしゃぐしゃと頭を撫で回される。
「や、やめてください!」
「私は学園のかく乱と、追っ手の担当だからな。……一緒に行けなくてすまない」
だから勘右衛門に任せる、うん俺に任せといて!なんて会話は続いてるけど話が全然見えない。
なになに?なんなの?
「達者でなー!」
「ハチ、ちゃんと卒業するんだよ!」
にこやかに手を振る竹谷先輩に、勘ちゃん先輩は笑顔で答えて、そして。
私の手を取って、いつものように、いたずらに笑うのだ。
「じゃ、俺と逃げよっか」
そう、いたずらな笑顔で。
「…………は!?」
「兵助、先生にはうまく言っといてね!」
「無事でいろよ、いつか豆腐おごる約束なんだから!」
「あーー学園長になんて言うんだよ……」
「僕らが代わりに叱られるしかないでしょ」
先輩たちはなんだか楽しそう。
私、ついていけてないんですけど。
「あはは!じゃあ時間もないし、またね!」
「就職決まったら連絡しろよー!」
勘ちゃん先輩に手を引かれて走り出す。
誰に会うこともなく正門までたどり着き、堂々と出門表を小松田さんに叩きつける勘ちゃん先輩。
「はぇ?なまえちゃんだけじゃないの?」
「ちゃんと許可証あるでしょ?俺、ちょっとなまえちゃん送ってくるから!」
「そっかー!行ってらっしゃい!」
小松田さんをさらりと騙し、私達は、外へ、外へ。
「……あはは、あはははは!」
しばらく走りながらだんだん状況がのみこめてきて、私はゆっくりと笑い出した。
「なまえちゃん、楽しい?」
走る足をゆるめて、勘ちゃん先輩が振り返る。
方向は、私の実家とは、逆方向。
「なまえちゃん黙って行く気だったんでしょ」
「あはは、はい、そうですね!そのつもりだったんですけど、なんでかな、」
今、すごく楽しい。
親を自分から捨ててしまう悲しさや悔しさは、もちろんある。けどそんなものを噛み締めるのは、今じゃなくていい。
「なまえちゃんくのいち目指してたし、ひとまずは俺も養ってあげられないと思うから、なまえちゃんの勤め先も当たりはつけてあるんだよ」
「え」
「あのねぇ、お前、隠し事下手すぎなの」
お手紙届いたときから俺たちは気づいてて、お前以上に準備してたんだって。
笑いながら続く言葉よりも、たった一言に引っかかってしまって、私の笑いは引っ込んだ。
お前。
お前なんて勘ちゃん先輩に呼ばれたの、初めてだ。
「……と、順番がおかしいな」
勘ちゃん先輩が完全に足をとめて、私をしっかりと見る。
少し照れくさそうな顔で、私の両手をとって。
「俺と一緒に暮らそう」