短編 | ナノ


▽ そうして育ててゆくものです


「好きなんだけど」

耳を疑った。

私が箸をトレーに戻す音が、食堂の喧騒に紛れる。

「すみません、今、なんか言いました?」
「えーと」

聞こえなかったふりをして問い返せば、目の前の先輩は箸を持たない指先で頬をかいた。

「みょうじさんが、好きです」

やべぇ、全然聞き間違えじゃなかった。しかもなんか、フォーマットが変わった感じがする。

私は再び箸を手に取って、ラーメンの続きをすすった。付き合いきれない。

「え、待って、聞こえた?」

竹谷さんが焦る。あー……。ただえさえ時間がないっていうのに、こんなことで昼休みを潰すなんて。
私の隣に座っていた上司は面白そうに私達を交互に見ていたが、時間も時間なので立ち上がった。だよね。私もさっさとラーメン食べきって戻りたい。

ていうか、よくもまぁ上司の目の前で言ったよな。

「あのですね、竹谷さん」
「はい」
「今のが仮に、仮にですよ、私に対する愛の告白だったとしたら」
「……おう」
「百点満点中、8点くらいです」

竹谷さんの表情が固まる。

「配点については帰り道で説明するんで、ちょっと私がラーメン食べ終わるまで待っていてください」









「まず、第一に、私と付き合う気あんの?ってことです。シチュエーションって言葉の意味、知ってます?」

なにも職場の食堂が悪いわけではない。値段にしてはとても美味しいし、各部署交代休憩なので、ひどく混み合うこともない。いい食堂だ。
そう、仕事の昼休みにお昼ご飯を食べるだけなら、この上なくいい場所だ。なぜなら、その目的に特化した場所だからである。
であるからして、愛の告白に向いているとは考えにくい。

「女子というのは、特別な演出を好みます。ありきたりな日常の中でぶちまけられても、上手にときめくことはできません」
「上手にときめく」
「さらに言えば、愛の告白っていうのは、プライベートな話ですよね?職場ですることではないはずです。場所の問題で、マイナス30点」

部署までの帰り道をせっせかせっせか歩きながら指をたてる。竹谷さんは大股でのんびりとついてきていた。脚が長くて腹立つなー!

「それから、衆人環境。恥ずかしげもなく問題発言をおとすその無鉄砲さは讃えたいところですが、私の隣に座ってたの、誰だと思います?赤の他人ならともかく、上司ですよ。マイナス20点です」
「無鉄砲さは讃えられるのか」
「インプットしてほしい情報はそこじゃありません」

竹谷さんの異常なまでのポジティブさは常々尊敬しているところでもあったが、今回は別だ。ドン引きだ。都合のいい情報しか聞こえない耳をなんとかしてほしい。

「次の問題点は、タイミングです」
「おう」
「返事が元気よくていいですね!竹谷さんのそういうところは日々好ましく感じていますが、今の私、全然恋愛に向いてないってこと、わかってます?必要なのはデリカシーですよ」

のんびり歩いていた部署の先輩を追い抜く。竹谷さんからは後輩にあたるその人の背中を、バシッと挨拶代わりに叩く竹谷さん。うーん……人付き合いはとても上手なんだけど、なぁ。

「あぁ、例の」
「そうです!例の!」

先日上司に突然新規プロジェクトのリーダーを言い渡され、私は毎日てんてこ舞いなのだ。キャパオーバーを起こしかけたので、今まで抱えていた仕事をいくつか、周囲に引き継いでいる。竹谷さんもそのうちのひとりなので、知らないはずはない。

「期待されてるってことだろ?頑張ってるじゃん」
「そういう話をしているんじゃあないんだなー。残念だなー」

更にいえば、だ。

「しかも、仕事が忙しすぎて恋人と別れたって、先週の金曜に話したばかりじゃないですか」
「あの店、馬刺し旨かったよな」
「私の、話を、聞く気は、ありますか?」

確かに馬刺しは美味しかったし、奢ってくれたのは素直に感謝しているけれども!

ちらりと見上げると、竹谷さんは肩をすくめた。

「そのタイミングの問題で、マイナス何点?」
「仕事が忙しすぎるっていう点と、恋人と別れてからそんなに時間が経っていないって点で、合計40点です」

竹谷さんの雰囲気がだいぶフランクになってきた。そうです、ここは職場なので、それが正しいんですよ。

「残り2点は?」
「驚いた!竹谷さん、ちゃんと暗算できるんですね」
「再来週の出張、返そうか」
「ぎゃー!勘弁してください!仕事終わんなくなる!竹谷さん行ってきて!好きでしょアメリカ!」

慌てて腕にしがみつけば、竹谷さんは声をたてて笑った。大きく口をあけて笑っても、全然下品じゃないのは、竹谷さんのすごいところだ。

「で、残りの2点なんですけど」
「うん」
「…………」

私は竹谷さんの腕から離れて、立ち止まった。
竹谷さんも立ち止まって、私を見下ろしてくる。その、笑いがおさまった真剣な顔をジッと見つめて、

「……ご自分で、考えてみてください」
「えぇ」

少し、情けないなって、感じる声音だ。竹谷さんは顔や声の表情がとても豊かだから、心情がすぐ読み取れる。素直なんだろうな。

そういうところは、好きなんだけど。

ころころとよく変わる表情は、見ていて楽しい。
面白そうに笑う顔も、仕事している時の真剣な顔も好きだ。困っている時に相談すれば、力強く笑って助けてくれるのも、とても頼もしい。

「まぁ、その、竹谷さん」
「はい……」

私が歩き出せば、当然竹谷さんもついてきた。部署はすぐそこだ。
自分のデスクについて、椅子を引き出す。先に戻ってきていた上司が、展開を見守るべくこちらを振り返ったのがわかった。見るな見るな!見世物じゃないんだぞ!

「なにも100点を目指せとは言いませんので」
「うん」
「そうですね、60点ぐらいを目指しましょうか」
「……なら、」

竹谷さんは私の椅子の背に手をかけた。うん?

「今夜はあいてる?」

奥の方で、上司がブハッと吹き出した。私はため息をつく。

「……竹谷さん」
「はい」
「そういうところですよ、そういうところ!」

月曜から飲む人がありますか!馬鹿野郎!今夜は残業だ!


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