短編 | ナノ


▽ 5年生と!〜お正月〜



※短編「リリスのくちづけ」ヒロイン



大学から推薦があるし、公務員だし、楽チン!と思ってこの職場を選んだけど、正直後悔。
定時どころか研究対象(動物)の世話で24時間体制で、大晦日の今日でも夜勤だ。

年越しくらい、家族と過ごすとかさぁ。ゴールデンウィークやお盆はまだ耐えられたけど……。

デスクでため息。年末の書類地獄はなんとか乗り切ったので、あとは私のような若い社員が数人、非常時に備えて待機してるだけ。

「ま、悪いことばっかでもないけど」

私の部署は担当動物も少ないので、大晦日の夜勤は2人だけだ。
私と、竹谷さん。ひとつ上の先輩。

「……暇じゃね」

ポツリと、竹谷さんが呟く。
上司もいない深夜、竹谷さんの携帯で紅白やカウントダウンTVなんかを見ていたうちはいいけれど、3時にもなるとテンションは冷えきっている。

「暇ですねー」

動物達もとっくに寝静まった時間帯だ。
いくら昼間に寝てきたとはいえ、本来お日様を浴びて生活するように整えられてきた私の身体は、眠い。眠すぎる。

「……俺コーヒーいれてくるわ」
「あ、私行きますよ」
「いや、動いてないと寝そうだから俺に行かせて」

慌てて立ち上がりかけるも、気だるげに手を振られてしまうと座り直すしかない。

お礼を言って竹谷さんを見送り、ぼんやりとデスクを見る。業務日報の、12月31日という自分の文字が恨めしい。
あー、私コーヒー飲めないですって言うの忘れた。まぁ、そこで子供っぽいとか思われても困るし。
いや竹谷さんが私の分までいれてくれるとは限らない。えぇ。限りません。うちの職場ではだいたい皆さん全員分いれてますけど。竹谷さんがそこまで気が利くかって。
というか、竹谷さんがいれてくれたものならなんでも飲みます……小便以外ならなんでも……。












12月31日という文字がぐにゃりと歪んでいることに突如気付き、ハッと意識を引っ張り戻す。
目の前では、茶色くもったりした液体が湯気をたてていた。

「……私、寝てました?」
「すまん、起こしたか?」
「起こしてくださいよ……」

しかもこれ、私のじゃないし。女の先輩のマグカップだからいいけど。
ていうか、コーヒーいれてくるって、……ココアじゃん。

重たい瞼に気合をいれて目線をあげると、竹谷さんは自分のデスクの傍に立ってマグカップに口をつけていた。

え、それ、私のマグカップ、なんですけど。

「あー、寝てたから、ココアにした」
「……はい?」
「コーヒー、寝れなくなるだろ」
「……だからいいんじゃないですか」

今仕事中ですよ、竹谷さん……?

よく見れば竹谷さんのデスクには、竹谷さんのマグカップ。
もう一度言うが、竹谷さんの手元というか口元には、私のマグカップ。
おそらく、どちらもコーヒーだろう。

ウワアアアア、私の分までコーヒーいれてくれたのか!そして、私が船漕いでいるのを見て、わざわざもう一度ココアいれてきてくれたのか……!
できれば紅茶がよかったけど!できれば!できれば最初から紅茶いれてくれたら嬉しかったけど!
でも許す!許すよ!気遣いの方向性がズレてる竹谷さん、かわいい!かわいい!
私いつも職場で紅茶飲んでるじゃん!だから主任とかいつも黙って私に紅茶いれてくれてるんだけど!でもそんなことに気づかない竹谷さんかわいい!最高!だってこの人絶対嘘つけない!そして騙されやすい!最高!かわいい!

ていうか、寝ちゃダメじゃん!ココアとか、身体あたたまって寝ちゃうじゃん!
私を寝かせちゃだめでしょ!もー!竹谷さんのばか!ばかばか!かわいい!

私はすべてを押し殺した真顔で、マグカップを手に取った。

「手が温まってうれしいです、ありがとうございます」
「おう」

大丈夫、クールな後輩演じてる、大丈夫、できてる。

「寝ていいぞ、事務室の中でになるけど」
「寝ませんよ……」
「そう?」

竹谷さんはやはり立ったまま、飲んでいたコーヒーをデスクに戻して軽くストレッチを始めた。

「起きてるならなんか話そうぜ、俺もマジで眠い」
「いいですよ、竹谷さんの友人当てゲームでもします?」
「……勘右衛門と三郎以外の奴も知ってんの?」
「さぁ」

雷蔵さんと久々知さんのことかな。だろうな。すみません、知ってます。

そこで竹谷さんがくぁ、とあくびをこぼす。……手で隠したりしないあたり、非常に男らしい。

「なぁ、明日、……いや、今日の予定は?」
「ないですよ、夜勤明けで」

新たな話題を振ってくれたのはありがたいが、彼氏がいるとでも思われたら最悪なのでバッサリ切り捨てておく。
まぁ実は、元旦の初詣、雷蔵さんと三郎さんに誘われてるんだけどね。皆いるから八左ヱ門連れて来れるならおいでって言われた。
私久々知さんのことよく知らないし、皆いるからってそれ絶対尾浜さんと久々知さんの彼女もいるよねぇ……行きたくないわ……。
こいつ、ハチのこと狙ってるビッチな!とかって三郎さんに紹介されるの目に見えてるし……。

そんなことをぽつりぽつり考えながら、意味もなくパソコンのマウスをカチカチと言わせる。あー、やることがない。暇すぎ。あと2時間くらい暇。

ふと、視界の端でずっと屈伸していた竹谷さんの動きが、やけに静かなことに気づいた。

「……あのさ」
「はい?」

声も、やけに静かで、……少し緊張してる?

「暇ならさ、初詣でも行か」
「行きます」

食い気味で答えてしまった。真顔で。

「……あ!いやあの、そういうんじゃなくて!どうせ俺も夜勤明けで暇だし!」
「はい、私もどうせ暇なので」

びっ……くりした。竹谷さんからデートのお誘いだなんて……!
暇つぶし話題でもいい。初詣でもいい。デートだよ。これデートのお誘いだよ。
お互いにダッサい作業着で、このクソ眠い深夜3時半ね。でも許すよ。竹谷さんからのお誘いとしては上等だよ。

「あー、……じゃあこれ明けたら」
「着替えたら下のバイク置き場で落ち合いましょうか」

とりあえず雷蔵さんにメールいれよ。



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