短編 | ナノ


▽ 野球の話



※野球観戦に行くけどほとんど観戦しないお話






「やきゅうのルールを教えてください」
「あ、ごめん無理」

本日のお夕飯はラタトゥイユです。久々知くんは、すごい。和食以外に積極的にチャレンジしていく姿勢が、すごい。
確かに今朝、仕事行く前に「最近野菜食べてないな……」って言ったけども。ランチの話だったんですけども。
そういう細かいところまで全部聞き取ってメニューに反映させてくるから久々知くんはすごい。

で、なんだって?野球?

「プロ野球の中継でも見たの?」
「はい、たぶん」

食後にメモとボールペンを構えて聞く気満々だった久々知くんは、私の無理宣言を受けて心なしかしょんぼりしているようだった。

「スポーツはほとんど見ないからルールもよくわかってないし野球って他のスポーツより特に複雑なイメージがあって」
「そうなんですか……」
「ごめんよ」

でも、まぁこの際なので、調べてみますか。












「都市対抗戦は観戦チケット馬鹿安いからね、よかったよかった」
「ルールの説明じゃなかったんですか」
「あんまりびくつかないで!ここが野球場なの!」

初めての東京ドームにびくつく久々知くんかわいい。
さっきまでアトラクションで遊んでたんだけど、いちいち警戒するのが見てて面白かった。今度、大型の遊園地にも連れていきたい。ディズニーとかね。

東京ドームは気圧で屋根を押し上げている?らしい?ので、入る時に風圧を感じる。
それにも警戒する久々知くん、さすがです。

「今日はこっちのチームの応援だから、座るのはこっからあそこまで。見やすい所に座りたいね」
「なんで家電の会社がスポーツするんですか?」
「話はそこからか……」

まぁ、都市対抗って言ってるのに参加してるチームが全部企業なのは違和感あるよね。私も不思議だよ。

「私もよく知らないんだけど、スポーツってお金かかるのよ」

適当なことを言って誤魔化しておこう。

席につき、買っておいたサンドイッチとビールをセッティングする。久々知くんはもちろんコーラ。

「あそこにさー、白いのいっぱいあるじゃん」
「はい」
「あそこから走るのよ」
「は?」

ごめん、ルール説明は私もここらが限界です。

「確か……9人でやるんだよね、確か」
「……奇数で?」
「あ、そういう意味じゃ18人ね。9人対9人」

11人でやるのはサッカーだよね?あれ、バスケは何人だっけ。
バレーは6人、これはわかる。リベロが出たり入ったりする。西谷くんがイケメン。
テニスもルールはわかる。神の子が素敵。

「でー、ボールを投げる人がいて」
「ピッチャー」
「打つ人がいて」
「バッター」
「打ったら、走る」
「ホームラン」
「……ちょっと違うかも?」

でも久々知くんの方が詳しいかもしれない。

そんなこんなで携帯でルールを調べつつ、観戦開始。











「野球、面白いですね」
「背番号8番がイケメンだった、名前がわからない」
「俺は野球好きです」
「応援団はあっちのチームの方が衣装が好みだ」
「会話する気あります?」
「あんまりない」

試合終了後、人の流れに負けないように手を繋いでドームを出ながらそんなことを話す。会話になってないけど。

「だめだー、わざわざお金出して見に来ても野球の良さがわからない」
「あまりスポーツとかしてなさそうですよね」
「私の運動歴なめるなよ」

なにしろ、水泳とダンスしかやってきてないからね。
バレーもテニスもルールわかるけど、体育の授業は散々だった。まぁ、そんなもんだ。

「……久々知くん、やってみたいとか思ってる?」
「七松先輩にバットを持たせたくはないです」

あ、そっちか。そっか。確かにそれは私も想像したくないけど。
現代で野球やりたいとか言い出さなくて本当に良かった……野球チームにいれるにしてもどうしてやったらいいのかちょっとよくわからない。14歳でしょ。普通、中学校の野球部じゃん。少年野球じゃないじゃん。

「1年生が野球してたら全力で応援できるけどなぁ」
「確かに」
「あでも、乱太郎くんたちは投げたボールの行方がやばいかな」
「敵を狙って投げると必ず味方に当たりますからね……」

うん。手裏剣の補習見た時はすごかった。かなり離れた位置で掃除してたんだけど、命の危機感じた。

「バレーだけで充分ですね」

久々知くんはそう言うけど、落ち着く結論それでいいの?
まぁ……バレーだけでけが人続出だし……食満くんの苦労も増えるだろうしね。

「でも、見れてよかった」

私の顔を振り返って、久々知くんがふうわり笑う。

うぅ……かわいい。来てよかった。野球そのものは一切楽しんでないけど、来てよかった。




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