短編 | ナノ


▽ リリスの


職場に女子の後輩がいる。みょうじなまえさんという。
正直、そんなにかわいい方ではない。と思っていた。職場は動物関係なので、普段は防水性の高い作業着姿しかみれない。
たまに始業前や終業後に見かけても、ショートブーツにジーパンにTシャツといったスタイルで、動きやすさ重視なのかなーといった印象だ。ジョシリョクとかいうものは、間違っても感じられない。


それが、ついさっきまでの、俺が彼女に抱く感想だった。

おい、ちょっと待てよなんだ今の。

動物関係故に24時間体制の職場だが、今日は定時で帰れる日だった。
ロッカーで私服に着替え、忘れ物のチェックをしてから下へ降りた。彼女のことを馬鹿にするような言い方をしたが、俺だってスニーカージーパンTシャツだ。動きやすいことはよいことだ。

そして原チャを取りに地下のバイク置き場へ降りた俺は、目撃してしまった。みょうじさんが、大型のバイクにまたがり、颯爽と去っていく姿を。

とりあえず家まで原チャを飛ばして、手洗いうがいもそこそこにパソコンに飛びついた。インターネットを開いて、彼女のバイクにみたロゴから検索する。

バイクラインナップに目を走らせて、俺はうめいた。

「大型免許持ちっすか……」

どうみてもこれだ。形が似ているものは400ccにもあるが、赤いバイクは750ccしかない。まさかのナナハン!確かにデカかった!
彼女の情報を必死に思い出す。どこにすんでいるのか忘れたが、あぁじゃぁ電車で20分くらいの距離かーなんて思った。はずだ。
え、その距離を毎日飛ばしてきてんの?ナナハンで?男かよ格好よすぎ惚れそう。後ろ乗っけてください。


冴えない後輩という第一印象が、ナナハン乗りこなす格好いい男女という第二印象になった。
とりあえず近所の教習所を予約した。ビビりな俺は大型の前に中型で教習を申し込んだ。













その後みょうじさんとは一週間くらいシフトがかぶらなかった。やっとこさ日中のシフトがまわってきたので、うきうきとオオカミの世話をする。餌をやり終えてからデスクに戻ると、彼女がパソコンで作業しているのが見えた。
行くか行くまいか迷って、やはりやめる。この前バイクで来てたよね?あのバイク格好いいな!俺バイク全然詳しくないんだけど、調べたよ、750cc乗ってんの?

ストーカーかよ。俺そんなのいきなり聞かれたら引くわ。
あと俺の中免教習は大変です。シフトチェンジ死ぬ。あれのコツ教えて。

その日も彼女は定時上がりらしい。五時前、作業帽をとって髪を払う姿に不覚にもドキッとした。なにあれ格好いい。
そそくさと俺もパソコンをたたむ。早めにロッカーに駆け込んで超特急で着替えたが、バイク置き場についた瞬間に赤い750ccとすれ違った。

え、着替え早くね。なんなの男なの。

なんとなく、ショートブーツの足下が格好よかった。そりゃ、バイクに乗るんだから、パン、パンプス?よく知らないけど、ヒール高い靴とか履けないわな。
今日は淡いグリーンのスキニーデニムに白っぽくて丈の長いTシャツを合わせてたな。ふつーにおしゃれじゃん。誰だよ女子力ないとか言ったの。















それから三ヶ月近く、彼女と会話ができないまま時間がたった。
俺は中型免許を無事取得し、大型までとるか迷ったあげく、400ccで十分だろうという結論にいたった。
今原チャで通勤できてる距離に大型は必要ないし、燃費も悪い。みょうじさんのナナハンの横に並べるには見劣りするだろうが、中型で十分格好いいじゃん?
二輪メーカーには詳しくないので、彼女のバイクと同じメーカーの販売店に足を運んだ。原チャで行くのは結構恥ずかしかったが、これでお前ともオサラバだ!親戚の子供に大切にしてもらってくれ!と思ったのにすぐにもらえるわけではないらしい。
ローンを組んで手続きも完了。納車まで待つだけだ。親戚の高校生にはもう少しチャリ通学していただく。

彼女と帰りの時間がかぶる日も把握した。というか、彼女が定時で帰る日を把握して、一ヶ月に二度くらいの頻度で俺もその日を定時デーに設定した。会社にはバレてない。はず。

そして今日、彼女と始業も終業もかぶる!これはバイクをネタに話しかけるチャンス!

と思ったのに、彼女はいくら待ってもバイク置き場に現れなかった。
俺のストーキングは完璧だ。先輩の立場使って調べてるからな。ということは彼女は寝坊でもしたのだろうか?まさか事故った?

そんなことを考えながらロッカーまで歩いていたら、俺はあり得ないものを発見した。

彼女が、ワンピース着てる。ピンク色の、よく知らないけど六本木とか銀座とかにいそうな感じのOLみたいな。いやどっちも行ったことないし完全にイメージだけど。

「あ、竹谷さん!おはようございますー」

しかも話しかけられた。え、俺の計画どこ行ったの?なんで今日電車徒歩で来たの?
よくわかんないけど髪型もかわいい。いや、世間一般にみてかわいいってことな?俺がかわいいと感じたわけではなくな?なんで言い訳してんだ俺。

「おはよう」

大丈夫声も裏返ってない。

「朝は眠いですよね」

俺の反応が一瞬遅れたのを眠いからだと判断したらしい。違います今日のあなたがあまりにもいつもと雰囲気違うからです。

「そうだな……」

聞いて俺免許とったの!中型だけど!バイクも買ったの!中型だけど!
言いたくてたまらないのに、うまいこと会話の糸口を見つけることができない。

「そういえば、なんで今日かわいいの?」

え?俺なに言ってんの?話したいのはバイクのことだよね?
しかも、言い方な。まるで普段は可愛くないかのような物言いな。失礼にもほどがあるだろ。

「あ、ごめん、ちがう、」
「今日大学の先輩とご飯行くんです。定時の予定なんで」

言い訳が彼女の言葉とかぶって、最後まで言えなかった。つらすぎ。

「あ、そう、なんだ……」

女というものは、女に会うときだけやたらと気合いをいれるよな。よく知らないけど勘右衛門が言ってたような。
しかし、大学の先輩とやらが女だと思ったのは俺の勘違いだったらしい。

「三郎さんですよ。鉢屋三郎。竹谷さん、知ってますよね?」

え、待って待って。なんでそこで三郎がでてくんの?













三郎に電話一本かければ済む話だったが、なんとなく気恥ずかしくてそれは却下した。
えー、三郎と同じ大学とか超高学歴じゃん。負けたわ。
みょうじさんっていくつだっけ?年齢も知らない。あー、この前の髪型可愛かったな。バイクじゃない日はあんな靴履くんだ。外反母趾になりそうなかかとだった。ていうか俺、なんで靴までチェックしてんだ?キモすぎだろ。
俺のバイクの納車も済んで、毎日会社までびくびくしながら公道を走っている。とてもじゃないけど、こんな姿彼女には恥ずかしくて見せられない。
二車線の道路で二段階右折したのはこの俺です。まわりの自動車にクラクション鳴らされました。怖いです。いやだって、道路のど真ん中から発進とか無理だろ。

オオカミと戯れていたら噛まれた傷をさする。昨夜勘右衛門に電話して、俺バイク買った!と勢いよく報告したら、返ってきた返答は「え?八左エ門がバイク?あーそういうの三郎に言って」なに三郎流行ってんの?ブームなの?
勘右衛門がテンションあげて、なんで!?とか聞いてきて、いやー職場にこういう女の子いてさ、なーんて感じでうまいこと彼女のこと相談するはずだったのに。
なんなんだよ畜生。三郎には意地でも連絡しねぇ。俺は世間の流れにただつき従う馬鹿共とはちがうんだ。

「小太郎ですか?それ」

作業着姿の女子に話しかけられて、思わず心臓が跳ねた。例によって、例のみょうじなまえちゃんです。

「そう、あいつ今日すんげぇ元気でさ」
「ちょっと待ってくださいね」

職場に持ち込めるぎりぎりサイズのバックをごそごそと漁って彼女がだしてきたのは、パステルカラーの絆創膏だった。

「あ……サイズ足りませんかね」

さすがに俺でもわかる、サンリオのキキララだ。キャラ物の絆創膏とか超かわいいんですけどなにそれ。え、それ俺の傷にはるの?毛むくじゃらの手の甲に?

「小さいかも」
「二枚あげます」

ちょっとそれ俺には可愛いすぎやしませんか。そういう意味で言ったのに、彼女には伝わらなかったらしい。

「や、まあ舐めとけば治る程度の傷だから」
「それ逆にバイキン入っちゃうからやめといた方がいいですよ。はい、手だしてください」

手ずから絆創膏を貼っていただいた。俺の手の甲に並ぶキキとララ。名前合ってるかわかんないけど。
ていうか、バイキンって。バイキンって。なにこの子実は可愛い。知ってたけど。わりと最近気づいたけど。

「次からオオカミの世話は軍手した方がいいかもですね。お大事になさってください」

軽く帽子を上げてから頭をさげて去っていく彼女。俺ごときに頭さげなくていいし、脱帽してまで頭下げないでください頼むから。あなたバイクの女神だから。
あー指先冷たかった冷え性なのかなさすってあげたい。何考えてんだ俺。あ、飯島さんのことか。

とりあえず小太郎、噛んでくれてありがとう。

















それからしばらく、みょうじさんとはバイク置き場や職場で会ったり会わなかったりだ。小太郎には噛まれなくなった。うれしいような悲しいような。
バイクの話も少しずつするようになった。エンジンはかけずにまたがるだけだけど、彼女のバイクにも乗せてもらった。大型デカい!怖い!楽しい!
みょうじさんは毎回バイクで出勤するわけではないらしい。夜勤前にトイレに行こうとして、かわいらしいスカート姿の彼女が帰るところに遭遇したりする。
あれ毎回三郎に会ってんのかな。まさかつきあってんの?聞くのは怖すぎる。というか、三郎から俺の話聞いたりしてないかな。嫌だな。

そんなある日のこと。
みょうじさんのシフトに合わせて勝手に決めた俺の定時デー。今朝バイク置き場に赤いナナハンはいなかったし、今日も彼女は三郎とデートだろうか。10分くらいツーリングできるかと思ったのに。帰宅路の分かれ道まで。
そういえば今日で、免許とってから一年だ。二人乗りできるわけだが、みょうじさんは後ろには乗らないだろうな。それよりも、彼女と話せるようになってからそれだけ時間が経っていることが重要だ。なのに彼氏がいるのかどうかすら聞けていない。いや聞く必要もないんだけどね?

ため息をつきながらロッカーへ向かう。階段の下に、春っぽい色のワンピースを着たみょうじさんが見えた。嘘だろ今日めっちゃ可愛い。今日一日作業帽かぶってたはずなのに、髪の毛の編み込み全然崩れてない。
おつかれさまと声をかけようとしたら、向こうから歩いてきた主任に先をこされた。

「あ、お疲れさまです」
「今日定時か!なんか今日気合い入ってない?」

そのまま会話が続きそうだったので、黙って横をとおりぬける。どうせデートだろ。

「あはは、わかります?」
「普段と差がありすぎでしょ。なに、デート?」

実は結構そういうスタイルで通勤してる日、おおいんですよ主任。そんなこと知っててもみょうじさんといい仲にはなれないんですけどね。

「まぁ、そんな感じですかね」

ロッカーを目指せ俺。無心になれ俺。

「今夜、竹谷さんとご飯行くんです。後ろ乗せてもらって」

は?
なにそれ聞いてない。

角を曲がろうとしていた足に力をこめて、全力で振り返る。
彼女は、主任からちらりとこちらへ視線を向けた。口元には、蠱惑的な微笑み。

あ、俺、おちたわ。


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