短編 | ナノ


▽ スクールカースト


ゴミ捨てに行った先で会ったときに、チャンスだと思った。

「竹谷と付き合ってるの?」

だから連絡先を聞いた。それから、押して押して押しまくった。その間3週間。

「え?なんで知ってるんですか?」

委員会中に先輩に声をかけられて驚く。……まぁでも、お仲間のおかげで先輩は情報通だからなぁ。

「ふぅん。好きだったんだ、竹谷のこと」

保健室の備品を整理しながら、善法寺先輩は冷えた声音で言う。

先輩とも付き合い、長いからなぁ。

「えぇ、まぁ。隠してましたけど」
「僕は、いいけど、でも。ほどほどにしなよ?」

うええ、こいつは3年生の先輩方からの警告かな。竹谷くん、七松先輩に可愛がられてるっぽいしなぁ。
曖昧に笑って善法寺先輩から逃げるように来室届けのチェックに戻る。

後悔なら、すでにしている。だって付き合い始めて、もう1ヶ月も経っているんだから。












その週末も、やはりデートだった。4週間記念、4回目のデートだ。

「なまえさ、来たがってたろ」

爽やかに笑う竹谷くんに、私は胸が苦しくなる。
先週は水族館だった。今週は、期間限定でオープンしている、金魚のアクアリウム。

なんで、来たがってるって、わかったんだろう。

「ハチ、ありがと」
「んー、俺も話聞いて気になってたし。来れて良かった」

竹谷くんは、いい人だ。ドン底にいい人だ。

「疲れたなー、カフェ入るか」
「やった!」

純粋に嬉しいから、喜んで近場のカフェに竹谷くんを引っ張る。

でも、疲れてるのは私だけだし、竹谷くんは倹約家なので1日に2度以上カフェに入ることが嫌いなはず。
親からお小遣いもらって、バイトもしている私とは違うのに。

「奢れなくて悪いな」
「いやいや、ハチはバイトしてないからね」

軽く言ってくれるけれど、言うだけで無理にだそうとは絶対にしないところも好感度が高い。親御さんが稼いでくれたお金を、高校生の分際で女に使うなんてとんでもないと私は思うから。
今まで、彼に告白して彼を捨ててきた女達は、何を見てきたんだろうなぁ。

竹谷くんは学年でもちょっとした有名人だ。まず、告白される。付き合う。振られる。その流れ、1ヶ月半。中学から今までに、それが4回。
私が5人目だ。

胸が痛む。こうなるはずじゃ、なかったんだけど。

「あのね、ハチ」

2人で飲み物を買って席について、今週ずっと言いたかったことを、ついに私は切り出した。

竹谷くんが、優しく笑う。涙がでそう。

「……あの、ね」
「……あー、言いたくないなら、俺が言おうか」

どうして、こんなにも優しいんだろう。

「やっぱり、俺は好みじゃなかったかな」

どうして、優しい笑顔でこんなことが言えるんだろう。
滲んだ涙を押し込めるように、ぶんぶんと首をふる。

違うのだ。私が彼と別れたい理由は、まったく違うのだ。

「まず、謝らなきゃいけないことがあるの」
「……おー」
「ごめんなさい」

私は彼氏いない歴=年齢を地で行く女だ。
でも、高校二年生。女友達はほいほい彼氏を作るし、でも帰宅部の私のまわりにいる男ったら委員会の人達ばっかりで、皆悪い人じゃないんだけど皆不運だし。

とにかく彼氏が欲しかった。竹谷くんなら、告白すれば付き合ってくれると思ったから。
竹谷くんのことはそんなによく知らない。顔はかっこいいし、まわりにいる友人達も皆かっこよくて頭も良くて人当たりもよくて、そう。

スクールカースト上位で、告白すれば付き合える人が、竹谷くんしかいなかったから。

「……本当にごめんなさい、こんなこと聞かせてしまって」
「いや、」

竹谷くんはポリポリと頬をかく。

「その、言っちゃ悪いんだけど。……俺、それは気づいてたよ」

紅茶が口からこぼれる。

は?

慌てたように竹谷くんがテーブルの向こうから私の口元をぬぐってくれる、けど、え?

「だってなまえ、善法寺先輩と仲いいだろ。あそこら辺は皆かっこいいし。俺も、告白されてとりあえず付き合うみたいなのめっちゃやってきてるし」

愕然。

気づいていたとしたら、この人はどうして。

「俺もまぁ、なまえのことよく知らないけど付き合うって決めたし、おあいこ」

どうして、こんなに嬉しそうに笑えるの。こんな話題で。

「でも、合わなかったんならしょうがねーよな」

そして、どうしてそこでそんなにさみしそうな顔をするの。

「ち、ちがうの」

私は慌てて声をあげる。ここだけは誤解されたくない。

「ちがうの、聞いて、ハチ。あのね、本当に悪いことしたと思って。ハチと一緒にいて私は本当に楽しかったし、幸せだったし、ステータスとかじゃなくて、こんなに彼女を大切にしてくれる人と付き合ってますってみんなに自慢したいくらい」

ステータスじゃない。確かに竹谷くんみたいな男の子の彼女であることは、クラス内で優位に立つには手っ取り早い条件だけど、そんなことじゃないんだ。

「だからその、本当に、ごめんなさい。ハチにはもっと幸せになってほしくて。次の幸せを見つけてほしいって、そればっか思ってしまって」

嘘じゃない。今まで心無く彼を傷つけてきた女達とは、一緒にされたくない。

竹谷くんと付き合っていた1ヶ月、本当に幸せだったと、それだけはきちんと伝えたい。

黙って聞いていた竹谷くんが、私の目を見る。
ひるむくらい、真剣な目だった。

「……俺も女慣れしてないから、そんなこと言われたら信じちゃうよ」
「え、うん、信じてよ」

信じて悪いことなんて何もない。
竹谷くんが複雑そうな表情で、コーヒーを口に含む。
よく見たらその指は、少し震えていた。

「信じていいならさ」
「うん」
「もっかい、チャンスくれよ」

何を言われたのか、よくわからなかった。

「……みっともないって思ってくれていいぜ。でも俺だってこの1ヶ月、本当に楽しかったんだ」

先程無理に押し込めたものが決壊するのは、すぐだった。

「こんな、女でいいの」
「なまえだから。もう謝ってくれたし」

あーでも、本気で付き合うとなると善法寺先輩に殺されるな!なんて言うけど、あの人は意外にドライだから何も無いと思います。

じゃなくて、なに、この展開。

涙がとまんないよ。

「じゃあその、改めて、よろしくお願いします」
「おう。好きだぜ」
「んんんっ」

何をさらっと言ってくれるんだこの人は!

やばい。心臓がとまりそうだ。竹谷くんにときめきすぎて心臓麻痺なんて、さすがの善法寺先輩にも見捨てられる気がする。


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