短編 | ナノ


▽ 空気のような


私は空気のような恋をしている。

「なまえ?なにしてんの」
「ん?ツイッター」

英訳すると何になるのかなぁ。私は、空気のような恋をしている。

空気のような、誰もが身にまとい、取り込んで吐き出して、そんなものに私の全てをこめて、目の前のこの人を包んで、

「竹谷くんは?」
「俺?なまえの顔見てる」
「……ペットの世話でもしてきなよ」

なんで気づかないのかな。こんなに近くにいるのに。

Twitterの画面に打ち込んだ英単語を消していく。うーん、空気のような。ニアリー、……エア?

「学校にはペットいねーし」
「生物委員のさ」
「今日は後輩が当番だから」

竹谷くんは日直の仕事が残っていたようだ。
人がほとんど捌けた教室で、黒板を消し始める。

「手伝おうか?」
「え?あー、いいよ、俺の仕事だし」

驚いたように振り返る竹谷くんに、1きゅん。にかっと笑う笑顔に、2きゅん。

かっ……かっこいい……。

「……そっか」

でも、私暇だし、手伝うよ。そんな風に言えるはずだったのに、やっぱり言えないまま視線は携帯へ。

ため息をつく。結局竹谷くんとお近づきになれない自分に、というよりは、空気に私の想いをのせるために。

窓がカラカラと空いて、外の運動部の音が急に聞こえてくる。ばふばふと黒板消し同士をぶつける音に、あぁ、私の恋に白い粉が混ざっていく。

「なまえって部活やってないんだっけー?」

一瞬、自分に話しかけられたってわからなかった。慌てて言葉を返す。

「あ、いや、今日部活休みなだけ」
「そっかー」

黒板消しを両手に装着した竹谷くんは教室へ向き直り、私の机を見た。

「それ、英語?」
「うん。……明日の予習終わってなくて」
「はは、俺も!」

じゃあ携帯なんかやってんなよなー、とか言うけど、いや現実逃避にTwitterしてるだけなんですよ。
やる気はある。だから、こう、ツイートを英訳するとかいうむなしい努力をしている。

主語はIよりSheの方が格好つくかな。

いや、もうこれ以上考えるだけ時間の無駄かもしれない。だってなんか竹谷くんが寄ってきた。
無理それ以上近づかないで。心臓とまっちゃう。

「あーごめん、粉飛んだか」

あたま、まわんない。

竹谷くんの手が伸びてくる。な、なにこれ。

「なまえ?すまん、今とるから」

骨ばった大きな手が、私の前髪の上をするりとすべる。

う、うわぁ、生物委員で飼育してる彼らは普段こんな気持ちなのか……!

この人、撫でるの、すごい、うまい!あと、呼吸できない!

「……あ、の」
「おう、とれたぜ。悪かったな、女子なのに」

竹谷くんの手が離れれば、視界にはちょっと眉を下げたお顔。

こんな表情すらイケメンとか、マジで、なんなの。

苦しくなってきて、慌てて呼吸する。
呼吸しなきゃ、だめ。この気持ち、精一杯空気にのせて、届けなきゃ、だめ。じゃないと私は死んでしまうから。

私が吐いた恋を、竹谷くんが吸い込む。それくらいダイレクトな距離だ。

「残ってやるとか真面目すぎ。俺もやんなきゃなー」

私が呼吸にいっぱいいっぱいで何も言えなかったからか、竹谷くんがちょっと気まずそうに話題を元に戻す。
あぁ、英語に戻るのね。何も言えなくてごめんなさい。

「そんなことないよ。竹谷くんだって毎週真面目にやってきてるじゃん」

私毎週見てるよ。竹谷くんがやってきたり、やってこなかったり、不破くんや鉢屋くんに教えてもらいつつ、でも最終的にはきちんと自分でやるところ、私ちゃんと見てるよ。

だから、ねぇ、

「そう?俺結構直前まで放置するし。まぁ、今夜は頑張ってみるわ。お疲れー」

気づけ、バカ。

結局何も言えないまま、竹谷くんは帰っていく。
あんなにもたくさん、恋を吐き出したのに。

再び携帯を開いて、打ちかけの英文にため息をついて消す。文法もめちゃくちゃだし、真面目に英語の予習した方が早いかな。



(She has Emotion Nearly tha Air)

彼女は空気のような感情を持っている。



***

普段はキリリクなんぞやっていないのですが、いつも相談にのってくれている仲良しせなちゃんが実は5000ヒットを踏んでいたという話を聞いて。

こんな竹谷くんはどうでしょう。文にまとまりがなくてごめんなさい。

ごめんね……こんなに遅くなっちゃった……。


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