さいしょのひ | ナノ



空はあいにくの晴天だった。朝日が眩しい。

「言い残すことはあるか」
「あぁ、うん、そうですね、とにかく足が痛い」

処刑人に問われ、他に言葉がなにも出てこなかったので正直に言うほかなかった。

視界は白い布で覆われていて、なにも見えない。
背中で縛られた腕は痺れて感覚がなくなっていた。跪くような姿勢に、痛めつけられた左足が大変な痛みを発している。

処刑人はなにも言わなかった。
新しく城主となった若い男が合図をしたのだろう。場の空気が緊迫する。
処刑人の男が刀を振り上げた。

「虚しいな」

処刑人の声だ。意味を問うスキもなく、刀は振り降ろされた。










私は生きていた。立て続けに色々なことが起こって、状況が掴めない。

処刑人の男が振り下ろした刀の先には、私の顔を隠していた白い面布があった。
突然開けた視界、明るい日差しに目をやられて、強く目をつぶる。
目を開いた時には、目の前に死体が転がっていた。私の雇い主……この城の前の城主を殺した人間たちのトップだ。

ザグリと音が聞こえて、背中で縛られていた腕が自由になる。場は騒然としていた。

「何をしている、早く逃げろ」

私を自由にした処刑人が、腕を掴みあげて言う。

「そん、なこと言ったって……あし、動かないし」

男は舌打ちをして、私を背中に担ぎ上げた。腹が圧迫されて変な声がでる。

「あんた、だれ……」
「やめろよ、虚しくなってくる」
「……さぶろう……」
「死ぬ時くらい、可愛げのあること言ってみろよな」
「ばかやろ……そんな元気あるように見えた?」

どうやらこの男の正体は三郎で間違いないらしい。こんな見事に他人に化けられる人間を、私は他に知らない。忍者として働いて長いけれど、三郎以上の変装の達人には出会わなかった。

……勘右衛門……この男を使うのは、めちゃくちゃお金がかかったろうに……。

三郎らしき男に担がれて逃げる間にも、私達はあまり苦労はしなかった。向かってくる侍たちは、皆私たちに到達するよりはやく、手か足を撃ち抜かれてその場に崩れ落ちる。
鉄砲だ。遠方射撃。これは……鉄砲技術の他に、忍者としての力量もないと難しいはず。

「外まで逃げたら、馬がいるから乗って走れ」
「は!?えー……あー……馬ね、頑張ってはみるけど」

拷問でやられた左足がほとんど機能しないので、馬なんか乗ってもすぐにずり落ちる気がするんだけど……。

「安心しろ、なまえは荷物だ」
「誰がいんの、勘右衛門?」
「行けばわかる。勘右衛門はあとから追う」

言葉とともに三郎が地面を蹴る。私を抱えて、助走なしで城壁に飛び乗る脚力……。人外かよ……。

そういえば、立て続けに色々なことが起こったせいで衝撃が薄かったけれど。私の雇い主の死体、誰が持ってきたんだろう?
ドサリと投げ捨てられた感じだった。若い城主が失禁寸前って表情でこっち見てたのは覚えてる。

「先輩、こっちです!」

逞しい声が聞こえたとともに、私の身体は地面に投げ捨てられた。ドサリ。私は死体かよ。

「ご無事……でもなさそうですね、まぁ失礼しますよなまえ先輩」

ずいぶんとチャラい声だ。勘右衛門に似ている気がする。
城壁の外には馬が2頭と、男が二人いた。どちらも、どこかで見たような、初めて会ったような、そんな面影だ。

「大切に扱えよ、なまえ先輩はそれでも女性なんだからな」

私を馬上にあげたのとは別の男の冷静すぎる声音にピンとくる。記憶よりはだいぶ低く大人びた声だけれど、この男は。

「庄左ヱ門か!?とすると……おまえ、加藤団蔵!?」
「鉢屋先輩と尾浜先輩に頼まれまして」
「先輩、馬から落ちないでくださいよっと」

団蔵が強く馬の腹を蹴る。

ウッ……舌噛んだ。










どうやら加藤団蔵が私を運ぶ役、黒木庄左ヱ門は私と団蔵の護衛役のようだった。
かなりの距離をかなりの速度で駆け続け、私の処刑は朝の予定だったのに、馬から降ろされた頃にはだいぶ日が傾いていた。

「腹減ったなぁ、依頼料上乗せしたいや」
「尾浜先輩相手の交渉は難しいよ、やめておきな」
「ちぇっ、そこは庄左ヱ門が交渉してよ」
「自分でやりなよ。……なまえ先輩?起きてますか?」

若い声に、木の幹に背を預けたままぐったりと顔を上げる。元気だなぁ。
団蔵には私というお荷物があったとはいえ、馬借の若旦那と同じ速度で馬を飛ばしてきた庄左ヱ門もすごいものだ。

「なんとか、生きてるよ」
「良かったです。これからのことは僕から説明しますね」

相変わらずきりりとした顔立ちで庄左ヱ門が言う。私は頷いた。

庄左ヱ門が言うには、鉢屋の忍里はここから目と鼻の先らしい。
庄左ヱ門と団蔵は足を踏み入れることができないので、この木陰で勘右衛門の合流を待つことになっている。

なんだぁ、逃げる先は用意してあるって、三郎のことだったの。ぼんやりと思う。本当に、私の知己で構成されたメンバーで助けに来てくれてたんだ。

勘右衛門は利吉さんから話を聞き出して、まず三郎と庄左ヱ門の二人に連絡をとったらしい。
そこで庄左ヱ門は、「忍者の仕事をしていない」忍術学園の卒業生達に連絡をとった。城勤めの忍者の助力は期待できないからだ。
運良く、庄左ヱ門の同級には、実家の仕事を継いだ者が多かった。佐武虎若、加藤団蔵、二郭伊助。私が見かけていない名前も多く、感嘆してしまう。こんな厄介事に首を突っ込んで、皆大丈夫なの……。ありがとうね……。

「まぁみんな、久々に忍者できるってワクワクしてたんで気にしなくていいと思いますよ」
「尾浜先輩と鉢屋先輩がうまく処理してくれるって契約ですし、顔は見られてませんから」

あ、そう?それならいいんだけど。

本当は昨夜すべてことが済むはずだったのだけど、私が拒んだために急遽大幅に作戦変更。
勘右衛門たちは夜のうちに私の依頼主を回収。夜明けを待って、今こうなっているというわけだ。

「城の方は尾浜先輩と鉢屋先輩がなんとかおさめているはずです。虎若と照星さんもいるし」
「照星さんまで!」

学生時代はなにかとお世話になった人だ。射撃の成績が悪すぎて、山田先生と田村三木ヱ門と、3人がかりで何度も練習に付き合ってもらったのをよく覚えている。

人の縁とは、すごいものだなぁ。勘右衛門が知らせを受けて、私を助け出そうとしたことがまず驚きだし、その勘右衛門に手を貸した人がこんなにたくさんいる。
昔に戻ったかのようだ。まだ、忍者として生きていくことの本当の悲しさを認識できていなかった、誰もが幼かかった幸せなあの頃。

「もうすぐ尾浜先輩が来るかと思いますが……」
「噂をすれば、ほら」

庄左ヱ門と団蔵に言われるまでもなかった。ひづめの音。

「庄ちゃん!団蔵!」

馬は1頭、勘右衛門だけだった。
団蔵が駆け寄って、馬の首を撫でてやる。大人しくなった馬からすんなり降りてきた勘右衛門は、まず庄左ヱ門と団蔵の頭をぐりぐりと撫でた。

「あー!もうほんと助かったよ!ありがとうね!」
「今後とも加藤村をご贔屓にしてもらうのが条件ですよ!」
「炭はぜひうちで」
「もっちろん!」

ちょっと待て、私は放置か。

相変わらず後輩に甘い勘右衛門に、昔を思い出して嬉しくなるけど。まず私の無事を確かめるとかさ……。二人は無傷だよ。私、昨晩から傷の具合変わってないんだよ、しかも馬に揺られてきたのに。
なんとなくむかむかしてくる。

「あとでちゃーんとお礼に行くからさ、今日はあんま時間ないし、解散で」
「そうですね……じゃあ僕らはこれで失礼します」

若い二人が私と勘右衛門にきちんと頭をさげ、馬に乗って颯爽と去っていく。

黙ってそれを見送って、二人の姿が西日に溶けて見えなくなる頃、やっと勘右衛門が私を見た。

「……勘右衛門」

なにも言わないので、とりあえず名前を呼んでみる。私もこんな時、なにを言ったらいいのかわからなかった。

助けてくれてありがとう、こんな無茶するなんて思わなかった、いくら縁がある人々とはいえいったいどれだけお金がかかったのか、皆を危険に晒してしまった、私は別に助けてくれなくてもよかったのに、

嘘だ、そんなのは嘘だ。

「なまえ」

勘右衛門が私の目の前にしゃがみ込む。

「かんえ、」

名前を呼ぼうとして、抱きしめられて、びっくりしてしまった。びっくりしすぎて言葉が途絶えた。

「……馬鹿野郎、これでわかったか」

勘右衛門が厳しい声を出す。涙が溢れた。

「うん、ごめん。私、全然、死にたくなかった」
「皆、自分から力貸してくれたんだからな」
「うん……。私に生きててほしいって思う人、結構いるのね」
「当たり前だ、馬鹿」

勘右衛門の背中は少し湿っていた。汗をかいているのだ。こんな汗だくになるまで、走ってきてくれた。

「……三郎は別ルートで里に戻ってる」
「……そうなんだ」
「俺たちもすぐに行く」
「うん」

勘右衛門がぎゅっと、私の背中を強く抱き込んだ。

「すぐに行くんだけどさ……今だけ、あとちょっとだけ、こうしててもいいかな」
「……うん、いいよ」

本当に生きてあの城から出られるとは思わなかった。
大丈夫、大丈夫だ。このあとやらなければならないことは山ほどあるだろう。まだ安全な場所ではないし。

だけど、今だけは。勘右衛門の背中を撫でて、私はそっと瞳を閉じた。




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