クーデレ鉢屋 | ナノ


▼ さいしょのはなし


俺と由佳は始まりからなんかおかしかった。

「……もう一度言ってくれる?」
「付き合ってください」

授業が始まる直前、教室で俺の席の横に立って、その女ははっきりと繰り返した。

「……どこに?」

告白とはとても思えなかったので、よくあるベタな返しをまず試してみる。女と反対側の隣に座っていた雷蔵が吹き出した。

いや、笑い事じゃないから。

「どこでも、全部、付き合ってほしいです」
「……なぜ敬語」
「これから毎日、私の日常に全部付き合ってほしいって、そういう意味で、付き合ってください」
「待て待て待て」

前後の席の学生達がチラチラとこちらを見てくる。雷蔵は机に突っ伏して腕でお腹をおさえ、肩を震わせ始めた。笑うならもっとはっきり笑ってくれていい。

「ちょっと教室でるぞ」
「さ、三郎、もう先生、きてる」
「笑いながら話すな」

とにかく立ち上がり、3人がけの机の真ん中に置いてあった自分の荷物を取って席を抜ける。

すると何故か、女はそこに入り込んだ。

「は?」
「今日、課題提出あるらしいよ、鉢屋くん。抜けちゃだめ」
「は!?」

雷蔵がこらえきれなくなったのか、爆笑しながら自分の荷物を避けて向こうの通路に置く。
女は満足気に自分の筆記用具などを広げ始めた。

なんだ、これ。

「ていうか、誰、お前」
「神谷さんだよね?三郎、同じ学科だよ」

そりゃ、同じ授業とってんだから同じ学科だろうが。

「由佳でいいよー、不破くん」
「じゃあ由佳ちゃんだね」
「うん!鉢屋くん、とにかく座りなよ、授業始まるって」

促されるままに、座り込む。……いや、何してんだ、俺。

「それで、連絡先交換してもいいかな?」
「は、え、……まぁ」
「携帯貸して」

脳内はパンク寸前で、言われるがままだ。神谷由佳とやらは俺の携帯に勝手に自分の情報をいれていく。

「これからよろしくね、鉢屋くん」
「おう、……おう?」
「で、さっきの話なんだけど」

広げたノートから黒板へ忙しく視線を行ったりきたりさせながら、シャーペン片手に女は言う。
さっき?さっき何話してたっけ。あぁ、そうか。

「付き合ってほしいです」

そこに話が戻るのか……。戻るのか。今?それ、今じゃなきゃだめ?
あと、3人がけに3人で座るとすげー狭い。雷蔵と私の間に入ってくるとか。ないわ。

「あー、出席表!はい、鉢屋くん」

前からまわってきた出席表を女が3枚とり、雷蔵と俺に渡してくる。
受け取ると、女はそれだけで嬉しそうに笑った。

あ。

笑顔、かわいい、かも。

「……まぁ、友達からなら」

途端、女の向こうから爆笑。

「ごめん、三郎、今皆にLINEしちゃった」
「は!?」
「兵助が、三郎おめ!って顔文字くれたよ」
「えっ鉢屋くんおめでとう!」

女が驚いたようにこちらを見てくる。

いやいや。

いやいやいや。

お前だよ。お前のせいで、今俺、彼女ができたことになっちゃったんだよ。