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嘘だと言え
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私は一人、夕暮れの教室で委員会の仕事を片付けていた。
もう1時間は書類に向かっているので、目が疲れてきているが、文句は言っていられない。

「(嫌になるわ、もう。)」

これを仕上げないと明日に支障が出る。
一度だけゆっくりと伸びをして、また書類に向かうことにした。
鉛筆の音だけが静かな教室を満たす。
しかし、明らかに違う音が教室の中に入ってきた。
勢い良く扉を開ける音。

「お。お前さん、こんなところにおったんか。」
「あら、仁王。」

扉の方を見てみれば、クラスメイトである仁王雅治が立っていた。
忘れ物でもしたのかと思いきや、自分の席には向かわず、こちらに近づいてきて、気になったのか資料を覗いてくる。

「確か、保険委員だったか?」
「そうよ。今やってるのは今月の利用者のまとめと、保健だよりの制作。保健だよりに結構苦戦しちゃってもうこんな時間よ。」
「大変じゃのお・・・。」

そう呟くと、邪魔はしないほうがいいと考えたのか、自分の席に座って机に突っ伏す。
仁王の席は私の席より後ろにあり、結構離れているため、軽く振り向けば丁度良く見える位置だ。
お喋りしている余裕くらいはあるが、集中はできないのでそうしてくれるとありがたい。
私から仁王に用事はないわけだし。
・・・ん?待てよ、さっき仁王は”ここにいたのか”と私に言ったな。

「ねえ。」
「ん?」
「私のこと探してたの?」
「ん、まあ。ただの私用じゃき。気にせんとって。」
「気になって集中できないから言って。」
「えー?」

仁王の嫌そうに言う声に少々腹が立ったので、私はさっきよりきつめに言う。
シャーペンを握る手に、不思議と力が入った。

「いいから言って。」
「そう言われると逆に言いたくなくなるのう。」
「仁王?私のシャーペンを動かす手が止まらないうちに言って頂戴。」
「遠回しに殴るって言うとるんか?」
「分かってるならさっさとしなさい。」
「まあまあ、落ち着きんしゃい。・・・おお、そうじゃ。ずっと鉛筆動かして目疲れとるじゃろ。目薬、さしちゃる。」
「はあ?」

私の手が完全に止まってしまい、後ろの奴を睨みつける。
仁王はふらりと立ち上がり、どこから取り出したのか、目薬を見せびらかすように持ってきた。

「・・・何よ。」
「上向きんしゃい。目薬がさせん。」
「自分でさすわよ。貸して。」
「嫌じゃ。」
「貸して。」
「いーや。」
「・・・・・・・・・上向きゃいいんでしょ。」
「最初から素直にそうすればええんじゃ。」

上を向けば、仁王が私の眼鏡を外す。
すると、驚いた表情で私を見つめてきた。

「早くしてもらえるかしら。」
「あ、いや、すまん。眼鏡外したとこ初めて見たから、つい、な。」
「眼鏡を外したら可愛い美少女だった、みたいな展開はないわよ。」
「そうか?十分整った顔しとるぜよ。」
「・・・・・・早く済ませて。」
「顔赤いぞ?」
「赤くない。」

はいはい、と仁王は呆れるように言い捨て、私の右目と左目に目薬をさす。
何度か瞬きすれば、とても気持ち良く染みこんできた。
少しだけ漏れた目薬が、私の頬を伝う。

「うわ。」
「ねえ、仁王。ティッシュないの?」
「・・・・・・・・・んー。」
「聞いてるんだけど。」
「・・・お前さん、そのままでおりんしゃい。」
「制作が進まないでしょうが。」
「すぐ終わる。」

どうも私は目薬のあと、すぐに目を開けられるタイプではないので、目を閉じたまま、仁王の指示に従うことになる。
仁王さん、私上向いたままなんで首痛いんですけど。
そんなことを言おうとしたら、自分のすぐ前、本当に1cmしか間がないくらいまでに誰かと接近している感覚を感じた。
この場にいるのは私と仁王のみ。
だからこれは絶対に仁王だ。
何故突然近づいてきたのか・・・。

「・・・・・・ん。」

不思議に思っていると、額に何か柔らかい感触。
その感触はすぐに離れ、仁王が近くにいる感覚もなくなった。
おそらく離れたのだろう。

「もう目開けてもかまわんぜよ。」

目を開けて仁王を見てみれば、とても楽しそうな顔をしていた。
どうもそれが気に食わない。

「何したのよ。」
「え?さすがにそれは気づくべきじゃろ。」
「馬鹿にしてる?」
「おう。」

隠す気がないのか、こいつは。
一段と強く睨みつけてから、目薬によって回復した目を製作途中の保健だよりに向けた。

「ま、お堅いお前さんじゃあ、気づけんかの。」
「ムカつくからヒント寄越しなさい。ヒント。」
「ほっほー。お前さんの口からそんな言葉が出るとは。・・・ちょっと面白かったから特別に教えちゃるき。」
「ありがとうございます。」
「棒読みやめえ。・・・そうじゃなー。」

うーん、と唸って悩んだあと、仁王は言う。

「恋人同士ですることじゃよ、梨香。さっきのお前さん泣いてるみたいでちょっと興奮したんでしてみた。・・・じゃあな、保健だより頑張りんしゃい。」

仁王はそう言って、教室から去っていった。
さっきの感触は恋人同士ですること、か。
ふむ。恋人同士・・・?

「・・・っ!・・・・・・・・・あいつッ・・・!!」

さっきは否定したが、今の私は確実に顔が赤いことだろう。
そういえば、どこかで耳にしたが、仁王は詐欺師と呼ばれているらしい。
だったら、今すぐ教室に戻ってきて私の考えていることを嘘だと言ってくれ。



額に残るこの感触は、あなたの唇の感触ですか?



     



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