孤爪君は正直言って、何を考えてるのかよく分からない時がある。例えば、琥珀色の目がぐるっと教室内を一瞥した時や、その後何もなかったかのように自分の手に収まっている携帯ゲームに目を落として、それから一切顔を上げない時など。私は廊下側の、孤爪君のずっと斜め前の席でそんな彼を不思議に思いながらガン見していた。今、彼はどんなことを考えているんだろう。なんの感情を抱いているんだろう。いつもなら教室の雰囲気に溶け込んでしまっているような彼を気にすることはないんだけど、この時ばかりは何故か湧き上がる、純粋な好奇心のようなものに駆られていた。ただ用もないのに話しかけるのは、彼のゲームの時間を邪魔してしまうし、会話を続けられなくて気持ちが重くなってしまうのは私だということはあらかじめ分かっていたので、遠くからゲームに静かに奮闘する彼を見守るだけにした。

それからだった。その日の晩、お風呂から上がってベッドの上でゴロゴロしていると、ふと携帯が震えた。見ると新着のメッセージが入っていたので、何気無しにボックスを開いた。その瞬間、思考が停止してしまった。
着信は、なんと孤爪君からだったのだ。確かに、前に同じ班でグループワークをしていた時、班員の分を知っていた方が何かと便利だからという理由で、孤爪君の連絡先は知っていた、けど。なんで。お昼休み、あんだけガンを飛ばしてたから、もしかして気持ち悪いから見ないでくださいとか、そういった類のメッセージかもしれない。どうしよう、どうしたものか。

恐る恐るメッセージを開いて見ると、ある意味予想を裏切るような内容だった。それは、私が現在ハマっていて暇さえあればずっと遊んでいる、携帯アプリのゲーム内で必要なものを孤爪君が送ってくれたことを知らせるものだった。私は自分が考えていたような内容じゃなかったことに安堵したと同時に、孤爪君こういうゲームもするんだな、とちょっと親近感が湧いていた。

そのゲームはパズルゲームのようなもので、一回遊ぶごとにハートと呼ばれる体力が減ってしまう。ハートがなければ遊ぶことは出来ない。時間が経てば回復するけど、同じゲームをやってる子からハートを受け取ることもできた。ゲーム内のキャラクターが可愛かったのでなんとなくインストールして遊んでいたものだったけど、いつの間にか友達より高いスコアを叩き出すことができるようになり、知り合いの中ではトップに君臨していた、のに。

「あれ…?ちょっと待って、うそでしょ…?」

ランキングを見ると、なんと孤爪君が1位の座に居座っていたのだ。しかも私のスコアの2ケタも高い数値を叩き出している。今日の朝、電車の待ち合わせの際にチェックした時にはまだ孤爪君はトップにいなかったから、始めていなかったのか、もしくは自分よりスコアが低かったんだろうけども。
思わず携帯をぎゅっと握りしめる。なんだかちょっと、悔しい。私が地道に作り上げてきたハイスコアを、孤爪君はいとも簡単に超えてしまった。しかも、自分が使うためのハートまで私に送ってきた。これはお前なんかには負けねーよ、へっ、みたいな感じで挑発されているのだろうか。なんだか癪だったので、ハートを送り返して、ついでに何かメッセージを送ってやろう、と、企てた。

考えるより先に指先は動いていて、『ねえ孤爪君、』とだけ書いたテキストを思わず送ってしまった。その後どんなことを言うか全く考えてなくって焦った。どうしよう、『あなたになんか負けないから』とかだと、なんだか高飛車っぽいし、『どうやったらそんなハイスコア出せるの?』なんて聞いてしまった日には私のしょうもないプライドがずたずたになってしまう。うんうん唸って、まだ既読がついていないことをありがたく思っていたら、なんとびっくりしたことにいつの間にか私は携帯を地面に落として眠りについていたようだった。次の日の朝寝ぼけ眼でメッセージ画面を開くと、簡潔に『何』という言葉だけが表示されていた。なんというか孤爪君らしいというか、メッセージまでローテンションだ。少し目をふせて不思議そうにしている孤爪君を安易に想像できたので、思わず笑ってしまった。しかし、だからと言ってなんて返したらいいか全く思いつかなかったので、取り敢えず携帯をカバンにしまい、学校に赴いた。

お昼休み、自分の席でまた携帯を弄っている孤爪君の前の席に、私は静かに座った。一瞬こちらに目配せをした彼の瞳は、再び彼の携帯のゲーム画面に戻っていった。
大丈夫、今日はきちんとお話しする理由があるんだから。

「ねえ、孤爪君」
「…何?」

昨日送り合ったような会話(といっても寝落ちしたけど)を繰り返しながら、言葉を吐く。孤爪君はまだ画面に集中したままだったけど、めげない。

「昨日は突然メッセージ送っちゃって、ごめんね?」
「…別に、気にしてない」

あ、気にしてないんだ。ちょっと寂しくなってしまう。いやまあ、孤爪君とは話した回数が少ないからね。仕方ない部分多いよね。
少し落ち込んでしまった思考を振り払い、昨日思ったことを素直に話した。

「孤爪君、すごいよね!私あのゲームずっとやってるんだけど、あんなスコア出す人初めて見たなあ。ねえ、何か得策とかあるの?」

あれ、私コツは聞かないんじゃなかったの。自分のプライドが本当にしょうもなかったことに気づいて、少し焦る。いやいや、でもこういう話しないとたぶん孤爪君との会話がきっと続かないから。そう考えていると孤爪君の猫のような瞳がこちらを向いた。少し見開いてこちらを見たかと思うと、すぐに逸らされて目線が若干泳いでいる。え、なになにどうしたの。私悪いことでも言ったかな。

「苗字さん、あのゲーム好きなんだね」

私の目線とは交わらない瞳が、かすかに揺れた。心なしか少し嬉しそうにも見える。

「俺、結構がんばって得点伸ばしてたんだけどなかなか苗字さんみたいに高得点いかなくって」
「え、でも私のやつ抜いてたよね?」
「うん、あの時いい感じにできたから」

孤爪君曰く、あのハイスコアはまぐれだったらしい。その時たまたま高得点のピースや一気に消してくれるキャラクターが一変に出てきて、あの凄まじいスコアが出てしまったのだという。

「そうだったんだ、孤爪君運が良かったんだね!」

私もそんな好機に恵まれてみたいものだ、なんて。ゲームのことなのにこんなに熱くなって、悔しがっていると自分はまだまだ子供だなあ、と思う。スコアがいい様に伸びなくても、高得点叩き出しても冷静にいられる孤爪君とは正反対もいいところだ。
するとふと孤爪君がまたこちらを見ていることに気づいた。今度は目を逸らされなくて、不覚にもどきっとする。あれ、どうしたんだろう、いつもならこれくらいですぐ逸らされるのに。なんか私、変なことでもしたかな。

「苗字さんって、おもしろいよね」

突拍子もなく言われたので、言葉にまごつく。私って、面白いのか?

「なんでハート送ったのに、送り返してきたの」
「ええ、っとなんていうか、その、ちょっと悔しかったっていうか、なんていうか…」

思わず口籠ってしまう。本当に子供みたいな理由だなあ。孤爪君は挑発なんて微塵もしていなかったのに、申し訳ない。孤爪君はまだ私を見つめている。猫みたいなアーモンド型の爛々とした琥珀色を見ていると、何だか居た堪れなくなってちょっと視線を外した。すると、ふぅっという溜息に近い息が孤爪君から漏れる。

「……やっぱり、意味分かってなかったんだ」

へっ?と間抜けた私の声が漏れる。教室内の喧騒に消えて行きそうな声で紡がれた言葉は、紛れもなく孤爪君の口から出た言葉だった。今の意味、どういうことなんだろう。私が問おうと口を開いた瞬間、私の携帯のバイブがなった。チラリとみると、今目の前にいる孤爪君からだった。
メッセージを開けるとハートの絵文字が送られてきていた。え、何してんの、どういうこと。孤爪君を一瞥すると、先ほどの彼とは違って優しい目をしてこちらを見ていた。口元がほんの少しだけ笑っているように見える。私は一瞬のことにびっくりして、なぜか頬が火照るのを感じていた。こんな風に、孤爪君って笑うんだ。

「また、ハート送るから」

この言葉には一体、どんな意味があるのだろうか。
丁度いいタイミングでチャイムが鳴ったので、自分の席に戻る。孤爪君君が送ってくれたハートの絵文字に、なんて返そう。考えるよりも先に滑っていった私の指は重ねられたハートの絵文字を選び送信していた。送った指先と頬とが熱く、心臓がばくばくと音立てている。当分は孤爪君からハートが送られてきたら送り返してやろう、と私の中でひそかに決意した。







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