私は菅原君が好きだ。なんとなく、この気持ちに薄々気づいてはいた。無意識に彼を目で追ってしまっていて、授業中の真剣な顔とか、放課後澤村君と一緒に教室を出て行く背中とか、もうこれでもかっていうぐらい見てしまっていて、ダメだった。どうやら気持ちに嘘はつけないらしい。それでもお互いに好き合う関係にはなれないかも、という意気地のなさから私はずっと前からこの気持ちに蓋をして、平然を装う努力をしていた。でないと、なぜかとても泣きたい感情に駆られる。馬鹿だなぁ、ただのクラスメイトなのに。菅原君はきっと、私のことなんとも思っていないのに。浅はかだと自自嘲してもやっぱり抑えきれないこの胸の高鳴りは、この菅原君に対する気持ちは、確かに息をしていた。

菅原君とは二年生の時から同じクラスだった。最初は席も近かったし、菅原君の性格上喋りやすかったこともあって、結構クラスの中では仲が良かった方だと思う。去年の夏休み入る直前の放課後、ふと体育館の横を通らなければ、私は菅原君のことを気の置けない、実に親しみ深いクラスメイトの一人としてしか認識していなかっただろう。彼は蒸風呂のように熱気が篭った体育館でバレーボールの練習をしていた。私はバレーボールについてそこまで詳しいわけじゃないし正直彼がどんなポジションなのか、またその練習が何に役に立つのか全く理解していなかったけど、茹だるような暑さなんか忘れてしまうくらい、それに見惚れていた。一生懸命練習する彼の姿がひどく美しく感じた。純粋にかっこいいと思った。他の部員も熱気に負けないほど熱心に練習していたが、それさえ目に入らないほど私は菅原君に集中していた。そんな姿、クラスでは見たことなかった。いつも柔らかな口調で冗談をいいながら、色素の薄い目を細めてニッと笑う教室の彼とは打って変わって、ボールを見据える彼はどこか力強さと頼もしさが滲み出ていた。あんな一面、あったんだ。頭のどこかでそんなことを考えながら、そしてなんともいえないもやもやを抱えながら、私は教室に置いてきてしまった教科書を取りに帰るべく、体育館を離れた。

あれから、以前のように菅原君と話すことはすっかり少なくなってしまった。どのように話していたかなんて、全然思い出せなかった。思い出そうとすると、あの日の残像が頭にこびりついて離れなくなってしまい、さらにあの時感じたもやもやが、心をぎゅっと締め付けてくるので大変困った。変に声が上ずって、緊張してしまう。明らかに態度が変わってしまった私に菅原君が気づいてしまうかも、と不安に思ったけれど幸か不幸か、席替えにより菅原君とはだいぶ離れてしまい、バレー部もますます忙しくなったことから、自然と私と彼が話すことは減っていった。

高校最後の夏休みを迎える前日、所謂終業式の日に、ふと教室に忘れ物をしてしまったことに校門を出る間際に思い出した。明日もし学校があるならそのまま放って帰っていたけれど、明日から夏休みが始まること、さらに補習も何もないのにわざわざ学校に赴くことを考えると煩わしさを感じたので、仕方なく引き返すことにした。日本でも北の方の土地だというのに、夏というものは容赦なく暑さを送り込んでくる。こんな暑い中、学校に戻る二度手間を自分が作ってしまったことに半ばイライラしていた時、ふと体育館の方に目をやった。菅原君、まだ練習してるのかなあ。ぼんやりそんなことを考えて、あ、でも放課後なったばっかりだし、準備とかしてるか、と自己完結した。そして、無意識のうちにいつの間にか体育館の方まで足を運んでいた。

扉付近まで来て、ふと我に帰る。何をしているんだ、私は。これではまるで、なんというか、若干ストーカーぽくないか。用もないのにこんなところにいるなんて明らかに怪しい。そ、そうだ、私は忘れ物を取りにいくんだった、そして、

「あれ?苗字さんじゃん」

ふいに後ろから声を掛けられて、思わず肩をビクつかせてしまった。明らかに挙動不審になってしまったのが、目に見えてしまう。

「あ、あーなんだ、菅原君かあ」

その声の主は、まごうことなき私の想い人、菅原君だった。チラリと振り返ると真っ白な半袖シャツを腕まくりして汗をかきながら目が輝いている(ように見えた)菅原君が、こちらの様子を伺っていた。

「こんなところで何してんの?」

それを聞かれてしまうと、どう返したらいいかわからなくなる。久々に話すし、動機もなんとなく、気づいたら、という怪しいものでしかなかったので、不信がられないよう一個一個言葉を選ぶ。

「えっとね、教室に忘れ物、しちゃって」

やっぱり声が上ずってしまった。えへへ、と表情筋を目一杯動かしながら笑顔でごまかして見たものの、正直笑顔になってるのかわからない。
菅原君は忘れ物かーと言いながら、苗字さん去年も忘れ物してたよなー、とからかうよう言ってきた。その言葉がスイッチのように、突然私の思考は高速に回り始めた。え、その日って…私が菅原君に見惚れてしまい、ついでのように恋に落ちてしまった、あの日のことを彼は言っているのだろうか。え、でも、なんで。どうして。思わず目を見開いて菅原君を見つめてしまった。彼は相変わらず教室で見せる子供のような笑顔でニコニコしている。

「ちょっと待って菅原君、な、んで私が去年も忘れ物したこと知ってるの」
「あ、あー…」

菅原君は私の言葉を聞いて、突然歯切れが悪くなった。視線も逸らされ、地面に追いやられていた。確かにあの日、忘れ物をして教室に戻ったが、その時はもう下校時間からだいぶ経っていたこともあって、教室はおろか学校に残っていた生徒は部活動がある人くらいで、あの日、誰も私が忘れ物をして学校に戻ってきたことを知らなかったはずだ。なのに、なんで。私が菅原君を見ていたことは確かだけども、彼から私は見えていなかったと思っていたのに。頭の整理が追いつかず、暑さも伴ってパンクしそうになった瞬間、菅原君が静かになってポツリと話し始めた。

「去年の今頃さ、今日みたいにめちゃくちゃ暑くて死にそうになった日あったべ?」
「確かに記録的な猛暑だって言ってたきがする」
「そうそう、んでさ、そんな中いつも見たいに練習してて、体育館も暑かったから扉開けてたんだ」
「うん」
「そしたらさ、遠くでなーんか見覚えあるやついんなって思ってたんだよ」
「…」
「よくみたらさ、苗字さんっぽい人だなって思って。てか、苗字さんだったらいいな、って思ってて」
「…うんん?」

ちょ、ちょっと待って。ガン見してたことばれてたの。てか、今菅原君、なんて。菅原君は頬を少し赤らめながら、若干視線が泳いでいる。いつも見る教室の彼とも、バレーをしてる彼とも違う、また新たな一面だった。

「えっと、つまりその、菅原君、も私を見てたの?」
「…うん」
「うわあ、まじか、なんか恥ずかしいなあ…」

暑さのせい、ではどうやらなさそうだ。顔に熱が集中すると同時に頭が妙に冴えて、変に期待をしてしまう。つまり、その、えっと。

「なんとなく話さなくなってたけどずっと気になってて。そしたら今年もおんなじクラスなれて、よっしゃーってなって」
「…私もだよ」
「ほんとに…?あー、もうだめだ、俺、かっこ悪いな」

菅原君はうわ言のように言葉を紡いで、しゃがみこんでしまった。陽の光を浴びてきらきら光る色素が薄い髪の毛の隙間から見える耳まで赤い。私もさらに顔に熱が集中するのを感じて、どうにかなりそうだった。
たぶんはたからみたら、もう青春真っ只中みたいな、お互い真っ赤になって一生懸命話しているんだろう。ふう、と一呼吸おいて、菅原君の前に一緒になってしゃがむ。

「ねえ、菅原君」
「…なに?」
「私ね、ずっと前から菅原君が好き、だよ」

腕の隙間から見えた彼の瞳は、あの日のように私を捉えて離さなかった。

「そんなの、俺だって好きだよ」







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