私は、彼みたいなタイプが正直苦手だ。冷めたようなあの瞳。どこかを見定めてるようで、何も見ていないような虚無感を感じる。月島君とはあんまり話したことがないけれど、できることなら話しかけても穏便に、緩やかに、クラスメートの一人として必要最低限の接触だけがしたかった。私はそれを望んでいたのだけれど。どうやらそうはいかないらしい。現に今、私と月島君は同じ委員会で、隣の席に座っている。普段なら遠い席で授業を受けているけど、クラス毎に毎回座らせる委員長のせいで、私達は基本的に隣の席だ。
ちらり、と月島君を見上げると、どこかぼんやりした様子で議題をまとめた黒板を見つめている。以前、この委員会で先輩が言ってたことを聞き漏らしてしまい、月島君に尋ねたことがあったが、どうやら月島君は基本的に委員会の内容が頭に入ってないらしい。ごめん、僕も聞いてなかったと言われた時は、あんた私にノート任せてるんだからせめて話しくらい聞きなさいよ、と思わず漏らしてしまいそうになった。そんなことうっかり口にした日には、心底鬱陶しそうな顔をして、完全にシャットダウンされてしまうだろうことが予測出来るので、我慢する。

なんとも面白くなさそうな顔を横目に、私はノートに文字を埋める。字がそんなに綺麗じゃないから、あんまり書きたくないんだけどな。私が委員会でノート係をしているのは、最初にどっちかが書記をしよう、とじゃんけんを月島君に持ちかけられたからだ。その時私は負けてしまい、ノートをとることを了承した。初めは交代ずつで書くものだと思っていたが、次の委員会ではい、苗字さん、これノート、と爽やかな笑顔で渡されてしまったのでそれ以降ずっと私が書いている。はめられた、のだろう。こんなことになるんだったら初めから交代制を申し出ていればよかった。
ぐるぐると後悔の念にのまれそうになっていると、ふと横から長い人差し指がノートをトントン、と叩いてきた。

「ここ、字違ってる」

反射的に見上げると、眼鏡越しに月島君が私のノートを見ているのが見えた。視線を戻すと確かに誤字があって、慌てて消しゴムで消して訂正する。
たまたま、見つけたんだろう。びっくりして少し動悸がする胸を落ち着かせる。やっぱり頭いい人は違うよなあ。そう思っていると、月島君が誤字を訂正したあとも、ずっと私のノートを覗いていることに気がついた。
え、なになに。この状況は。もしかして、また字が間違ってないか粗探しされてるのかな。そう思うとますます緊張してきた。持っているペンに力が込められる。
しばらく平然を装いながらペンを走らせ、私はばれないように月島君の様子を伺った。相変わらず、退屈そうに黒板を見ている。しかし、私がノート書きに集中し始めると私のノートを覗き込んでいることが、視線で、なんとなく分かった。なんでなのか疑問に思いながらちらちら月島君を見ると、今度は思わず目が合ってしまった。びっくりして、固まってしまう。月島君も予想していなかったのか、一瞬おおきく目を見開いてこちらを見ていた。はっとなったそぶりを見せて、また私のノートに視線を落とす。誘導されるように私もノートに目を向けると、ふと月島君が口を開いた。

「苗字さんのノート、」

こそこそと話しているので少し月島の方に耳を傾ける。すると先程より少し、大きな声で私の耳元に口を寄せた。

「字が苗字さんみたいにひん曲がってるよね、どこでこんな字習ったの」

え、と呆気に取られていると、ほらここ、とまた長い指でノートを叩かれる。ちらりと目を移すと、また誤字があったのを月島君が発見していた。
なんなの、その言い方。思わずぽつりと呟いた。あんたの性格の方がひん曲がってるじゃない。確かに誤字は多いけど、そんな言い方。
ふつふつと怒りが浸透してきている私を全く気にせず、月島君はほら早くノート書きなよ、と急かしてくる。誰のせいでこんなに書いてるのよ、と睨んでみたが、全く彼には効かないようだった。
もう、金輪際必要最低限しか話しかけない。あの眼鏡越しの長いまつ毛だって、私の字をぼんやり見つめる瞳だって一生見てやんない。子供みたいな感情でそう誓っていると、いつの間にか委員会が終わっていた。

なるべく急いでその場を離れようと、カバンを持ち、月島君を見ないで小さくお疲れ様、と吐き出す。出口の扉の方に向かおうと足を浮かせた瞬間、ふと手を誰かに握られる感覚があった。
いきなりのことでまたびっくりして固まる。恐る恐る振り返ると、少し目線を落とした無表情の月島君が私の腕を掴んでいた。
ちょっと待って、なんでよ。離してよ。まだ私に言いたいことあるの。疑問が次々と浮かび、さらに先程の怒りから、私は無意識に顔をしかめていた。すると月島君と一瞬目が合った。次の瞬間、手をそのまま力の限り引っ張られ、気づいた時には月島君の顔が鼻の先にあった。
え、なにこれちょっと待ってよ近いよ。そう思っていると。月島君の顔が私の右耳に近づき、周りに聞こえないような小さな声で囁いてきた。

「…あんたの字、嫌いじゃない。綺麗だと思う」

ふっ、と月島君の息が耳にかかる。男の子の顔がこんなに近かったことがない経験から、私はこの時一切身動きが取れなかった。吐息がかかった場所から熱が生じる。私は間の抜けた変な声を小さく上げて、月島君から遠のいた。

なんなの、この人。何がしたいの。ぐるぐる頭がこんがらがっていると、お疲れ様、またノートよろしく、と月島君はさっさと出て行ってしまった。私を利用するための、彼の作戦だったのだろうか。そう思うと妙に道理にかなっている気がしてしまう。
いや、でも。呆気にとられていた私の瞳は、彼が出て行く直前確かに少し月島君の耳が少し赤かったことを捉えていた。あれは、きっと演技なんかじゃない。あれが本音なんだ。
今までずっと私にノート任せてたのも、私の字が好きだったからなのかな、とぼんやり考える。というか、字が好きってなんだ。初めて言われたわ。心の中で月島君にツッコミを入れていると、先程の月島君の顔を思い出した。キスできそうな距離だったな、と思うと顔に熱が広がっていく。どうしよう、月島君なのに。まだ少しドキドキしてる。

一時間前の私だったら、月島君にドキドキすることをなんて微塵も想像していなかった。私の中で今世紀最大の予想外ハプニングだ。
彼は、本当に私の字が好きなのだろうか。それだけで、あんな呼び止め方するだろうか。いつもの彼からすると、そういうことをするような人には見えないのだが。考えても考えても、結論は全くでなかった。
ふう、と小さく息を漏らす。少なくとも月島君の印象は、必要最低限しか喋りたくない嫌な人から、なんか変な不思議な男の子、に変わっていた。これからも、月島君の印象はもっと変わりそうだな、ともなんとなく思った。

あの委員会からしばらく経っているが、私はまだ月島君の近かった顔や、一瞬かかった吐息を思い出しては胸の鼓動が速くなることに戸惑っている。さらにいうと、あの情景と月島君のことが何も考えていない時に限って頭に浮かんできて、しばらく離れなくなっていた。
印象だけじゃなくて、私も変わってしまったんだなあ。ぼんやり考えながら、月島君のことを思って熱を帯びた頬を、指先でひんやり一生懸命に冷やしていた。

title: さよなら シャンソン







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