5 (5/5)


金曜日

 終業のベルが待ち遠しい。今日を過ぎれば健全な広告代理店の健全な社員達は二日間の休息日。ハレルヤ。心が躍る。

「と、言う訳で。毎週の事ですが、急ぎの仕事以外は来週仕上げですよ。今日はきっかり17時に帰ります」
「成る程。何処かへ出掛ける予定があるのかな?」
「それを今訊きます?」と、なまえ。

 パワーポイントで作った来週用の資料をスライド確認しながら、呆れた。と、肩を落としてでもおもむろに、唄うたいの調子で口を開く。

「待ち合わせは2時間後なんです」

 ん?と、方眉を上げたのはココ。

「19時に、こちらから三番目に近い駅のロータリー。ご存知ですか?今日からあちらの駅に併設されているショッピングビルでサマーセールなんです」
「ふむ」言葉と感嘆の真ん中を口にしたのはココ。「女性がこぞって街を跋扈する時期が遂に来たか」

「まあ。嫌味」

 インデント漏れからデザイン。気になる総てをチェックして、なまえはくすくす資料を閉じる。
 西日の気配もどこ吹く風の、8月。営業2課。16時は50分。窓から覗く窓は真っ青で太陽はかんかんと降っている。いつもなまえとココが会話を始める度、聞き耳をたてる毎週のランチ仲間は45分になった所でこぞって化粧室に駆け込んだ。5分前になる迄帰って来ない。ぱっと消えるその身のこなし!女性らしい。と、ココもなまえも感心しているが、尊敬はしない。きっと今頃、根も葉もない、あるのは好奇心だけの噂話に花を咲かしている。と、分かるのはでもなまえだけ。
 フロアに残ったメンバーも、時計を見てはそわそわしている。週末のベルの音はハレルヤの賛美歌に似ている。あるいはゴーシュのセロの音。

「買うものは決まっているのかい?」

 椅子を引いてココが訊く。ココはパソコンのデータを持ち帰るため、ノートPCを開いている。リンゴのマークがぽうぽう光る。

「そうですね……」エクセルを画面に映してなまえ。「狙っていた巻きスカート。それと先が空いたパンプスに、ああそうそう。サマーニットも」
「大荷物だね」
「運が良ければですけど……あ。勿論コインロッカーを使いますよ。待ち合わせには響かせません」
「殊勝な心掛けだと言いたい所だが……」

 ココはそれっきり、肩を軽く竦めただけでキーボードを叩き始めた。机端に置いていたタンブラーを寄せて中身を煽る。昼時に満たして来たスターバックスの珈琲はもうすっかり冷めているが、中身を持ち歩くよりはずっと良い。
 なまえはエクセルのデーターを来週用に入力し直してグラフ化させる。勿論、メールチェックも怠らない。この時間、しかもあの会話の後で誰かしらから急ぎの仕事が入るとは考えにくいけれど、万一と言う事も無きにしろ有らずなのが広告業界と言う敷地なのだ。
 そして――なまえが開いたメールボックスとは別、デスク端に置いていたスマートフォンがふるっと震えてディスプレイには未読メールのお知らせ。差出人の欄に有る名前になまえは、驚くどころか肩を落として苦笑してしまう。
 ココだった。本文を表示させてなまえは、もう一度肩を落としそうになった。デスクトップ越しに視線を投げると、意味深に笑んだ瞳と目が合う。
 なまえは目線をデスクトップに戻して画面をタップ。返信画面を開いた。


 5分前。なまえのランチ仲間がひらりと席へ舞い戻る。 これからデートなの。と、なまえに耳打ちをくれた彼女の頬はそれは綺麗なピンク色に染まって、マスカラは重ね塗り。それでも彼女曰く、ナチュラルメイクらしい。
 なまえはくすくす笑って耳打ちを返した。 実は、私も。 お互いに顔を見合わせ、幸福を声に潜ませて笑い合う。
 17時。終業のベル。なまえは全てのウィンドウを消して、パソコンの電源を落とした。


『殊勝な心掛けを褒めたい所だが、店には確かクロークがあったから持って来て構わないよ。帰りは送るからさ』

 と、終業15分前。なまえのメールボックスに届いたメールの差出人は、ココ。

『そうなんですか?では、その時はお言葉に甘えます。』改行を挟んで『今週も一週間、お疲れ様でした』

 と、ココに届いたメールの差出人はなまえ。

 待ち合わせは19時。やっと日が沈みかける夏の宵はいよいよ、恋し合う二人の時間に取って代わる。

 


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -