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ここのところ心のバランスが上手に保てなくて、久々に嫌になってしまって、逃げた。 ほんの少しの貯金もこんな馬鹿げた現実逃避ですべて無くなってしまって、でも戻るに戻れなくて、私は、どうしたらいいんだろう。 どうしたいんだろう。 「汚いな」 ビルの隙間で踞っていたら、そんな言葉が降ってきた。頭を上げるのも億劫だったから、ひっそりと息をするだけでやり過ごそうと思ったのに、腕を掴まれて無理矢理立たされる。 「来い。」 短い命令へ拒否を示そうとする前に、腕を引っ張られてずるずると歩かされる。 嫌だ、やめて、と言いたかったけど、喉がからからで声が出てこないまま、私は数日間引きこもっていたビルの隙間から連れ出された。 いい匂い、がふわりと香って、その後の眩しさに目が痛くなる。 「ブチャラティ、連れてきたぜ」 「お疲れ」 ようやく、眩しさに目が慣れてきたころ、周りが見えた。 決して人の事は言えないけど、みすぼらしい格好をした人たちがそこらに座って何かを食べている。 「ほら、食べろ」 一つの器が私に差し出された。中は、リゾット。 「…、」 いらないです、と言いたかったけど、やっぱり声は出なかった。だから首を左右に振った。 男は何を勘違いしたのか、くすりと笑って「大丈夫だ、味は俺が保証する」と言って無理矢理私の口にそれを押し込んだ。 美味しい、おいしい、おいしい、とても、おいしい。 ああ、いやだ。 何もかもがたまらなく嫌で、逃げ出したのに。 「うまいだろう?」 バランスを崩したきっかけは細やかなものだった。それはたとえば化粧ののりが悪かったとかその程度。馬鹿馬鹿しい、と冷えた頭でそう思う。 ただの小さな言い合いの小さな暴言。弾み。本心でないことぐらい、いくらでも。 あまりにもくだらなくて、私はどうしてあの時あんなくだらないことで、ああもヒステリックになったのだろう。恥ずかしささえある。 けれど、私の心は取り返しのつかないぐらいにほろほろと崩れて、逃げる選択をしてしまい、帰る機会を失ったままあそこでうずくまっていた。 「…ごめんなさい」 「何がだ?」 「私が、悪いのに、」 「そんな事はない」 それでも彼は私へキスをしながら「気がつかなくて悪かった」と。 「キスの前にシャワーを浴びたかったわ」 「はは、そうだな」 それでも彼は私のことを抱きしめて「散々探した」と放してくれなかった。
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