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absent "G" -9-




カミサマ。
ボクは何を間違ったんですか?!



ボクは、森の最深部まで来ていた。
白んで来た世界の淡い色も、鬱蒼と繁る木々に遮られている。視界までもが極限まで狭められる、所謂『闇』を、ただ黙々と進んだ。
この先、樹海を抜ければ崖の真上に出る。
漸く視界が開けて、一息。腰を下ろしたと同時に携帯が鳴った。着信の相手はトリコだった。『生きてるかココ?!』なんて冗談とも本気ともつかない口調で言われて、思わず苦笑した。生きてるよ。今何時だと思ってるの?時差ってものを知っているのかい?まぁ良いよ。今、ハントの途中だよ。この間ちゃんと食べろって言われただろ?だから森の奥まで足を運んでたところ。それなりの獲物が期待できると思う。まぁ頑張るよ。あ、今度ホテルグルメに顔を出すよ。小松くんによろしく言っておいてくれるかな?頼んだよ。
・・・トリコがまだ何か言いかけたけど、無視してそのまま通話を終了させた。

さて。

・・・昨日ボクは、なまえさんのお兄さんに電話をかけた。『ボクの知り合いが、ワールドキッチンでそれらしき姿を幾度も目撃している』・・・当然捏造だ。知り合いなんて存在すらしない。とにかく、ボクたちの周りから遠ざけたかっただけ。
驚きと共に何度も感謝の言葉を繰り返すお兄さんに、心がジクジクしたけれど。いずれそれも笑い話として許されるだろうか。今はただ、『あの時はまんまと騙されたよ』なんて祝福してくれる事を祈るしかない。

電話越しにボクは、なるたけ早く出発した方が良い、と念を押した。何時までも『彼』が其処にいるとは限らないから、が理由の一つ。
そして理由はもう一つあった。決して伝えられない、真の理由が。それはつい先日からぼんやりと視えていたモノ。
復興作業の一つとして、グルメフォーチュンを経由する路線の整備にも重点が置かれていた。その甲斐あって、グルメフォーチュン手前から行く先々で寸断されていた鉄道が先日全面的に復旧した。なまえさんのお兄さん、行きは草臥れたヘリだったと言っていた。でも、今はその到着を待っていられないだろう。だからまずは列車に乗り、必要なら適当な場所で乗り換える筈。思った通りだった。始発に乗り込むと興奮気味だ。
そう。始発に乗れるなら願ったりだ。だって・・・ボクには視えていたんだ。つい先日からぼんやりと。
それは、紛れもない凶兆。繋がったばかりの路線を襲う脅威。とある駅付近で起こる大規模な土砂崩れ、だ。
・・・決して施工会社が手を抜いた訳じゃない。むしろしっかり施工した方じゃないか。でもそれは起こる。正午くらいだろうか。何処かの腕自慢が山脈でもぶっ壊したのか?そんな規模だった。復旧して僅かだけど、路線は大幅に迂回して造り直す事になるだろう。
その時近くを走っていた列車は緊急停止をし、土砂に乗り上げて脱線、一部車両が横転する。
・・・大丈夫。多少の怪我人は出るだろうが、誰の死相も視えなかった。もちろんお兄さんにも。ただ、その事故よりも前に、問題の場所を通過して欲しい。だから始発に乗らないといけない。加えて彼が暫くこちらに戻って来られない状況を作りたかった。ただ、それだけ。

ボクは立ち上がった。
さっきからこの地の主がこちらを窺っている。相当の捕獲レベルと謳われているヤツだったが、手を出しては来ない。うん、利口だね。安心して?ボクの目的はキミじゃない。此処に実っている果実を少しだけもらえるかな。
ボクはその大樹の枝に飛び乗った。良く熟している実をいくつかもいで、袋に詰めた。そのまま枝に座り、また一息。
大きく枝を張ってたわわに実を抱えているその樹は、遥か地上の世界を見下ろすのに最適だった。
太陽の光が、最果ての地平から真っ直ぐボクを照らした。それこそ、焼き付けるかのように。
・・・遠くに、『それ』は確認できた。あぁ、あそこか。遠い場所だろうが、この先起こる事だろうが。ボクには視えるよ。常人以上にね。

ボクは持っていた携帯を、そのまま崖下に放り投げた。




何もかも、想定内だった。・・・想定内の筈だった。
だから、一瞬何が起きているのか分からなかった。

森を抜けて、いつものように村に顔を出した。いつものように村の人たちと言葉を交わし、いつものようになまえさんの姿を探した。でも今日に限って、なまえさんの姿が何処にも見当たらない。
おかしいな。そう思った次の瞬間、耳を疑った。村長たちの会話に。

『帰れと言って聞かんかったモンが、消えるように帰って言ったわぃ』

・・・嘘だ。
思わず村長の腕を掴んだ。何時ですか?何時帰ったんですか?!掴んだ村長の腕が震えていたのは、村長の体がそうだった訳で無く・・・ボクの体が震えていたから。
村長は戸惑いながらも答えてくれた。早朝、『テツ君』が始発で発つと連絡をくれた矢先。次の電車で追いかける、と言って村を飛び出したのだと。

ボクはその場でキッスの名を叫んだ。




・・・ねぇキッス?
何故ボクの占いは外れたんだろう。
今日に限って、どうして・・・・・・


嘘だ。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。

ボクの占いでは、土砂に乗り上げる筈だった。
ならこれは何だ。
この、土砂に埋まったちっぽけな列車は何だ・・・ッ?!

列車は、山を切り崩した間を走っていた。その切り立った山肌を抜けて暫く行けば、次の駅。通常なら真っ直ぐ続く線路だ。線路を追えば此処からでも駅の屋根が微かに見える。
だけど今。崩れた土砂はまるで其処に線路など無かったかのように、大きな壁となって進路を阻んでいた。その積み上がった泥土の底にキラリ。光るのは、列車の窓ガラス。太陽の光が真天から無慈悲に注いで、汚い土砂からその人工物を輝かせていた。
首筋に、ジワリと汗が滲んだ。暑い。いや・・・熱い。


・・・多少の怪我人だと?どの口が言った?!この列車に乗っていた人はどうなった?!なまえさんは?乗っていた筈だ。この列車に。この列車にだ!!

熱せられた空気が動く。強い風だ。空を見上げたら、テレビ局のヘリ。それから、IGOの災害救助ヘリ。じきに救助車輛も到着するのだろう。
きっと救助隊は着実にその手腕を発揮する。彼らなら、列車を掘り起こすのに一日もかからないだろう。でも悲しいかな。命の波動は此処には、ただの掠れた一本も感じられない。

ボクは、ただ立ち尽くしていた。
遠くで、キッスの鳴き声が幾度となく聞こえた。



・・・ねぇキッス?思い出したよ。
ボクの占いは、97%『しか』当たらないんだ・・・・・・。







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