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7 Torsion



それからもボクらの共同生活は、あれよあれよと目まぐるしく過ぎていった。


ボクは毎日のようになまえの言動に苛立ち、呆れ、怒り、溜め息をつき。とにかく頭の痛い日々を過ごしていた。
そんなボクらの遣り取りを、他の3人は実に面白そうに見ていた。トリコとサニーは段々となまえに感化されて、ボクに向かって軽口を叩くようになった。
何時だったか、トリコに茶化されたボクはカチンときて『本当にお前の"兄貴"に似てきたね』って嫌味を言った。トリコは嫌味と思わなかったようだ。『おう!』なんて嬉しそうに答えた。腹立たしい。でも、その後に意外な言葉が返ってきた。

『最近のココ、すっげぇ話しかけやすいんだ』

……意味が分からなかった。




そんなある日。


いつもの通り、朝のリビングにはクッションに埋もれたまま爆睡中のなまえ。
そのすぐ横に昨晩飲んだであろう酒のビンが2、3本。無造作に転がされていた。

いい加減ボクもため息をつくのが馬鹿馬鹿しくなってきた。

足音を立てて近づいても無反応の彼女を一瞥し、勢い良くクッションを引っ張った。面白いくらいに壁に向かって転がっていったなまえ。ちょっとした爽快感。
「ワタシはジェントルなココが好きなんだがな〜」
未だ床に転がったままの姿でなまえは呟いた。
ボクは優しいよ。常識人には。
「何度も言ってるのに聞かない方が悪い」
ボクはクッションを見た。何これヨダレの跡?品が無いのもいい加減にしろ。
「大体、何でいつも此処で寝るの?」
ボクはなまえの横に転がっていた酒瓶を一本拾い上げた。重い。何故か封が開いていないままだった。
「酒を飲むなとは言わないから、きちんと片付けてちゃんと自分の部屋で寝てくれないか」
「んーまぁそうなんだけどね。その辺は色々とさ。自分ちだし」
「じゃあ外で飲んだら?」
ボクはかなり嫌味な事を言っている。
「それなら泥酔前にやめられるだろ?」
いくらなんでも夜のビオトープ。前後不覚になって無事で済む訳が無い。
「ココ、もしかして此処で寝てみたいの?」
「人の話聞いてた?」
あまりにも明後日向きの返答すぎて、思わずカッとなって捲くし立てた。
「正直、目に入ってしまう分余計にその態度が許せない。お互いに譲り合ってって言われたけど、今までなまえはボクの意見を聞いてくれた事が有る?無いじゃないか!?」

ボクは良い機会とばかり、溜まりに溜まった物を次々に吐き出した。

「ちょ、待って。つまり目に入るから怒ってるって事?」
逆に目に入らなければこんなにイラつかない。
「だったら見なければ」
「嫌でも目に入るじゃないか!此処を通らなきゃ外に出られないんだから!窓から飛び降りろとでも言いたいの?!」
なまえはそんなボクの怒りにほんの少しシュンとした。大人しくされた分だけ、自分の中に後味の悪い何かを感じた。自然と声のトーンが落ちた。
「…毎日毎日、朝っぱらからこんなみっともない格好見せられる身にもなってくれ」
「ん…これからはなるべく見えないように頑張るよ」


その後なまえは部屋に戻ると同時にバタバタと何やら騒々しくしていた。
そして間を開けずに自分の部屋を飛び出すと、誰にともなく『ちょっと出てくるよー』と言って玄関を出た。
ボクはリビングで朝食の用意を始めていた。2人分の食材を出したばかりだったから、黙って半分冷蔵庫に戻した。
敢えてなまえには返事をしなかった。どんな風に声をかけて良いのか分からなかった。
言い過ぎた、かも知れない。朝食を食べずに行ったのもそのせいか。
でも、ボクは正論を言った。間違ってない。他人同士で暮らす以上、相手を不快にさせない努力は必須だ。相手を思い遣ったり相手に合わせようという努力が。そう自分に言い聞かせて、テーブルについた。
ボクはコーヒーに口をつけた。ズズ、とやけに音が響く。コトリ。カップを置く音。カチャリ。フォークがプレートに当たる音。ゴクリ。飲み込む音。あまりに大きすぎて、一瞬自分のマナーを疑った。違う。騒々しい人物がいないからだ。
望んでいた筈の静かで穏やかな朝。外から差し込む光で明るいリビング。そよ風に揺れるカーテン。出来立ての朝食。
なのに何でこんなにも重くて、暗くて、美味しくないんだろう。
プレートに盛った料理をつついていた手を止めて。やっぱり今朝もため息が出た。


その後ボクは1階に降り、いつものように皆の予定を確認した。
壁に掛けられたボードにはそれぞれの字で予定が書き込まれている。
ゼブラは昨日から変わらず【ハント】。トリコの欄は昨日まで【ハント】と書かれていた文字が消されていた。明け方帰って来たのか。

なまえの予定は【急用&終日外出】。
その下には【みんな(サニー)へ。明日は遅れるなよv】と無造作に書かれていた。
その殴り書きにボクは何故かホッとした。

サニーは予定を書いていなかった。今日は暇なのだろうか。そう言えば前からボクら二人に分担されていた仕事が残ってたな。確か花壇の手入れだった。せっかくだから今日終わらせてしまおう。
ボクは自分の欄に【花壇の手入れ】と書いた。
それが終わったら部屋に戻ってハンモックで読書。残り少しだったから、夕食の準備も早めに取り掛かれる。今日はいつもより豪華な物を用意したい。……会話が弾むように。
ボクはサニーの欄にも同じ事を書き入れた。さぁ、サニーを起こしに行こうか。



その夜。


なまえは部屋に戻って来なかった。



◇◇◇◇◇



夜が明けて、毎月恒例の早朝ミーティング。
トリコは空腹時計で相変わらずの早起き。サニーはそんなトリコに頼み込んで起こしてもらったらしい。
「初めてなまえの襲撃を回避できたし!」
朝からご機嫌なサニーを前に、ボクのテンションは最悪だ。


昨晩。
なかなか戻って来ないなまえをイラつきながらリビングで待っていた。ふと、待っている理由が無い事に気がついた。一緒に食べようなんて今まで一度も約束していない。たまたま一緒に食べる事が多かっただけだ。そう気付いたボクは、己の馬鹿さ加減を取り繕うかのように料理をつまんだ。そしてなまえの分は帰って来たらすぐ食べられるように整えて、自分の部屋に移動した。
そして目覚めた今日。あれだけ望んでいた筈の朝のリビングがそこに在った。昨晩ボクが片付けたのと同じ、整然されたままの。
それは今までずっと、快適な目覚めになるだろうと信じていた。図らずとも現実となった今日。それを目の当たりにしたボクは、快適とは程遠い一日の始まりを体験した。
なまえの気配が無い事に気づくのは簡単だった。クリーンな空気、主のいないクッション。いつも玄関に脱ぎっぱなしにされている靴も今朝は無い。当然料理も昨晩のままだった。
全く。と苛立った反面、何で。と言う疑問。それから、焦り。
昨日自分が吐き出した言葉が、頭の中で勝手に反芻していく。

……ボクとあんな言い合いをした後で、急用とか外出とか。
……今までしなかったことをしなくても良いじゃないか。

まさか本当に、外で飲んだとか?それで、泥酔?ありえない。いや、なまえならやるかもしれない。ただ、なまえだって一流の美食屋だ。強いんだろう?この間の獲物だってとんでもない捕獲レベルだった。
でも酔っていたら?猛獣に不意を突かれたら?暗闇で、ボクみたいに目が効くのか?


「そう言えばなまえは?」
トリコの何気ない問いに、ボクはビクリと体を振るわせた。
何か言わないと、と口を開けたのと同時に、なまえが飛び込んできた。
「ゴメンゴメン!ギリセーフにして!」
その声はボクの心に安堵を、そして喉の奥に怒りを呑み込ませた。
「おせーし!」
周囲のブーイングにゴメンと再度謝って。
いつもの通り、なまえは普通に着席した。
「じゃー早速始めるか」
「ちょ、まだゼブラ来てねーし」
「ハハハ!アイツどんな格好で寝てっかな?!」
二人がゼブラの反応を想像している横で、なまえは普通に返した。

「ゼブラは今日は欠席。起こしたけど、とても起きれなそうだった」

ボクは耳を疑った。
起こした、って。何時ゼブラの部屋に行ったんだ?
「何でっ!?レばっか襲撃されてずりーし!」
怒るサニーをまぁまぁと宥め、なまえはさらりと言ってのけた。
「あんな事やこんな事で、明け方まで眠れなくってな。かなり消耗もしてるんだ」
「ゼブラが?珍しいな」
「そう。珍しいだろ?だから、サニーも大目に見てやって?」
「……んか納得いかねーし」
「じゃあ明日もう一度集まるってのはどう?」
「…しゃーねーし。レは優しいからな」
「いいこいいこ!」
「子ども扱いすんなし!」
「ところで、あんな事やこんな事って?」
トリコの問いに、おどけた態度で返すなまえ。
「ゼブラの名誉にかけて、ワタシの口からは言えないよ」
ついで、大きなあくび。

「あ、ちなみにパンツ一枚で寝てるよ。ゼブラは。」

ミシリ。
握っていたボールペンが鈍い音を立てた。









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