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4 Torsion
「じゃーまずは自己紹介でもしようかね?」
にこやかな笑顔の前、無言でいるのはボクら4人。 そんなボクらの警戒心剥き出しの視線をものともせず、目の前の人物はあれこれと楽しそうに話を始めた。
「ワタシはなまえ。年齢は見ての通りだよ。友達感覚で仲良くしてもらえると嬉しいヨ。職業は美食屋、かな?最近はサボり気味だけど。趣味は……寝ること?性格は……じきに分かるから良っか。省略!此処には長く住んでるから、何でも聞いてくれて構わないよ。ちなみに一番上がワタシの部屋ね。うん、ココと同じ部屋。」
3人が一斉にボクを見た。
……最後に開けた扉。 鼻歌交じりにそれを開けたと同時にボクの目に入って来たのは、そこに在る筈の無い………ボクを見返す瞳だった。
「あれっ?もう着いたの?!」 そう言って腰を上げた人物を前に、ボクの目は点。口はぽかんと開いたままだったようだ。 ボクの目の前に現れたのは、ボクらと同じくらいの年齢の人物だった。 背丈は一般の成人男性くらいか。なかなかの男前だ。肩にかからない程度の淡い色の髪に、グレーの瞳。クルクルと丸められたTシャツの袖とジーンズの裾からすらりと伸びた手足。『はじめまして』の笑顔と同時に、四方に自由に遊んでいる毛先が揺れた。 ボクの頭の中で、目の前の光景を認めたくない気持ちがグルグルと回り出した。そんなボクがかろうじて出せた言葉は、「…誰ですか」
「ん?ワタシか?ワタシはなまえ。此処の主とでも言おうかな」
少しの間固まっていたボクを、マジマジと眺めていたその人…なまえは…突然、手に持っていたスティック状のパンをボクの口に入れた。
「んっ?!な…何するんだ!!」 「え?だって欲しそうに口開けてるから」 お腹減ってるなら食べないとな〜。と直前の問題行動をあたかも当然の事のように口にした人物。 そしてまるで普通の事のようにボクの口に一度入ったパンをパクリと口にした相手を前に、ボクの思考が更に加速した。
…あれこの建物はボクらが一人暮らしをするために用意されたんだったよね?ボクらはさっきじゃんけんで使う部屋を決めた訳で冷蔵庫とか本とかハンモックとかクッションとかテーブルもベッドもシーツもタオルもバスタブだってボクらの生活に用意された物……だよね?そうだよなだってサイズも色も本のジャンルまでもボクの好みだし。…で何?今この人何て言った?『此処の主』?あるじ、って。此処の?
ボクは直前の動揺を振り払った。 なるほど。 色々用意してくれていたのはこの人だったんだ。さっき見た庭もこの人の手入れなんだろう。 ボクは目の前の人物に今の無礼を詫び、続けて丁寧に礼を言った。 「色々用意して頂いてありがとうございます。使うのがもったいないくらいです」 「用意?」 「生活必需品を揃えて頂いたようですから。」 きょとんとされた。 「…もしかして此処の事?」 「はい」 「使うって事?」 「はい」 少し話が噛み合っていない気がしたボクは、さっき決めた部屋割りを伝えた。 「あぁ、そう決めたんだ。…そうか。此処を使うのか…んー……」 ボクはじっと見つめられた。目を逸らすタイミングを見失って瞳を合わせたままになり、少しうろたえた。そしてそんなボクを見ていた相手は、少し間を置いた後うんうんと何かを納得した。 「まぁ、それならそれで、ワタシは構わんよ」 そう言うとなまえと名乗った人物は、ニっと笑って右手をボクに差し出した。
「短い間だけどよろしく。…ココ」
「…は?」 「ワタシも他人との同居は初めてだけど、そこはお互い譲り合いの精神でいこう」 「は?!」 ボクは凄く大きな声を出してしまった。 「同居?!」 「そうだよ。同じ部屋に住むんだから『同居』だろ?」 「……同居って……」 「不満?…ならかっこよく『ルームシェア』って言ってみようか?」
不満以前の問題で。 いつ、同居って話になった?
「一緒に……住む?」 つまりボクとこの人、なまえとボクでこの部屋に住むって事? 「そーだよ?え、ひょっとして一人で使いたいって事?」 ボクは恐る恐る頷いた。 「それは難しいなー」 「な、何で」 「何でって…ワタシの部屋だから?」 なまえはカラカラと笑った。 「追い出されると困るなー」
ボクは一人暮らしをするつもりで此処に来た。けれど…… そのために用意された筈の部屋は、何故か既に他人の物になっていて。 何でこうなったのか。拒否される筈の場面で、逆に同居をOKされた。 そう。トリコとサニーのように、二人で一部屋になった。同居。ルームシェア。つまり……
「あ、あんまり気にしないで良いよ?」 「…何を」 「此処がワタシの部屋だって事だよ。遠慮せず使えよ?……半分」
……つまり、一人ではない生活。 しかも、全く初対面の人物との生活。 不覚にもボクは気が遠くなった。
目の前の人物、なまえは、相変わらずあれこれと楽しそうに話を続けている。 ボクはそのほとんどを聞き流していた。 きっと表面上はとても穏やかに見えているだろう。ポーカーフェイスは得意だから。 だけど、心の中は穏やかとは程遠い。 ボクは無言のままゼブラに視線を向けた。ゼブラは気付いて目を逸らす。 (……聞こえていたんだな。最上階の『音』。) 極々小さな声で呟いたら、暫くしてゼブラから音弾が返ってきた。 (てめぇは『視えて』いると思ったがな) (まんまと嵌められたよ) (濡れ衣だ。オレは『同室で良い』って言うつもりだったぜ) ゼブラは人差し指を立てた。 (止められたけどな) ………………確かに。 確かにあの時、ゼブラは上階を気にしていた。それで『最上階は嫌だ』って言って、部屋を交換と言ったボクに何か反論しかけたのに、ボクはそれを聞かずに毒で会話を切ったんだ。
これは、身から出たサビ?あぁ、ボクって毒だけでなくてサビも出せるんだ。ははは。
………なんて。
ボクは頬杖をついたまま、腹の底の底から大きな溜め息を吐いた。
「何だよココ?まだお腹減ってるのか?」 ボクは声の主の言葉を無視した。 「つーかココ?今の聞いてた?」 何を?と見上げた鼻先に、ブニっと柔らかいもの。細長いパン。 食べれ、と鼻をグリグリされてカッとなって、思わず奪い取った。 見ると他の3人も同じ物を食べていた。トリコは手を出してなまえにねだってまでいる。どんな魔法なのか、ちょっと前まで怪訝そうにしていた彼らをなまえは懐柔したようだ。 第三者の介入に異論を唱えるどころか、あっさり納得した3人を腹立たしく思ったボク。その理由…さっきのじゃんけんを根に持っている…は明白だった。ボクに『部屋を変えさせて下さい』と言わせたいんだろう。 でもボクは、自分からは絶対言わない。もちろん変えたいと言えばダメとは言わないだろう。ただ、
ボクは一番年上で、一番冷静で、一番正しくて、一番強くなくてはいけないんだ。
どうでも良いプライドかもしれない。正直、知らない相手との同居なんてゴメンだった。でもボクはただ、誰にも弱みを握られたくなかった。いや握らせない。今までも、これからも。 ボクの反応を面白がっている風でもあるトリコに、無言で手にしていたパンを渡した。 「じゃあ書くから、端から言ってって」 「え?」 「布団」 「オレは服。下着もかな」 「ソファー!やらかいの!」 「食いモン」 「テーブル!あと食器。ビューティーなの」 「やっぱでかい鍋かな〜」 3人はパンを片手にあれこれ言っている。そのすぐ横でせっせとメモを取るなまえの姿。 「みんな、何を言って……」 「やっぱ聞いて無かったなココ?これから買い物に行くんだよ」 「え?」 「新生活なんだから、自分で用意しなきゃ何も無いだろ?」 聞くと、他の部屋には鍵以外何も無かったらしい。そうか、そうだよな。 その後も色々な物が挙げられる。ベッド、冷蔵庫、鏡、タオル、カーテン、石鹸、ゴミ箱、調理器具、etc、etc…… 3人はかつての居住空間を思い出しながら、必要な物を片っ端から挙げていった。 「もう無いか?ココは?」 「…特に無いです」 「本当に?」 ボクは頷いた。 「趣味的な物も良いよ?ぬいぐるみとか抱き枕とか」 「……いりません」 「あ、ゲーム機は?みんなで対戦できるよ」 「……必要ないです」 「じゃあ、そういう雑誌とかは?」 「…そういう、って?!」 「それは言わせるなよー」
ハハハハハ!と笑われて。ボクはもう一度、腹の底の底から大きな溜め息を吐いた。
「だからお腹減ってるなら食べれって言ってるのだ」
頬を押したパンをひったくるように取って。ボクはそのまま口に押し込んだ。
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