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1 Torsion




そもそも、こんな日が来るなんて思っていなかった。


こんな日、つまりそれは、他人と生活を共にする日、と言う意味で。
しかも、相手はその日が初対面の人物で。
もっと言えば、異性。つまりは女性、で。
更に言えば、異性と言うよりも……異次元人?


本当に。まさかボクにこんな日が来るなんて……思っていなかった。





「聞いてません」


ボクの口から出るのは、ただその一言。この部屋で一体、何度この言葉を口にしたかな。
何故って?そんなの当然。聞いてないからだ。

「そう言えば、言ってなかったかの?」
「ですから、聞いてません」
「そうか?おかしいのぅ」

会長はさらりと言ってのける。

「まぁ何と言うか、いきなり一人暮らしは酷かもしれんからな。まずは二人一組での生活から、と思い直したんじゃよ」
「………」
「それに全くの別行動も心配での。部屋は上下2つになっとったじゃろ?」
「………」
「まぁ何て言うか……マンション生活?……いや、合宿っぽいかのぅ?」
「………」
「あぁ、お主は一戸建て派じゃったか?」
「………」

ボクの無言の視線に、会長は小さく咳払いをした。

「ところで、誰と誰が組んだんじゃ?」
「…トリコとサニーが同室です」
「おおそうか!確かにそれが一番理に叶っとるな」
「………」
「まぁ、その辺はココ。お主が上手く取り計らってくれると思っとったぞ」
「………」
「何じゃ?…早くも問題が有ったか?」
「……いえ」

ボクは、会長の笑顔の奥に潜む探るような瞳を前に口を濁した。
問題が有ります、などと言える訳が無い。
たとえ問題だらけだったとしてもだ。

「聞いて無かったので、確認に来ただけです」
「そうかそうか。まぁ上手くやってくれよ?」
「…はい」

失礼します、と頭を下げて。
退出しようとしたら、声をかけられた。

「そうそう。何か困った時はなまえに聞くと良いぞ」

ボクは振り返った。多分、凄い顔。そして、震える声だったと思う。

「なまえって人は、一体何のためにあそこに?」
「んー……簡単に言うと管理人、かな?」
「管理人……」
「それともお主らの世話役、とでも言おうかの」
「世話役……?」

乾いた笑いしか出なかったボクは、もう一度頭を下げた。その頭に会長の声が響く。

「そう言えば、言ってなかったかの?」
「ですから、聞いてません……っ」
「そうか?おかしいのぅ」

会長はもう一度さらりと言ってのけた。

「まぁ、お主らの行動はなまえに報告してもらう事になっとるからな。最低でも週に一度は4人で集まって情報交換するんじゃぞ?1階をそのためのフロアにしておいたんじゃ。分かったな?」



◇◇◇◇◇



話は、少し前にさかのぼる。

『庭を出て美食屋として独立する』と言う以前からの目標めいたものが、もうすぐ実現するのではないか……ボクを始め、皆がそう思うようになっていた頃だった。
突然会長から、『お主ら、一人暮らしをしてみんか』と言われた。
ボク達四天王が庭を出るに当たっての最終試験として…今更ハント等と言うのもありきたりすぎて…『一人暮らし』を会長が思い立ったそうだ。
会長曰く『本当に自立してやっていけるのかも不安』……確かに不安な気持ちは分かる。ボクはともかく、他3人が。
そう。
ボクらは幼い頃から、この庭で研究者達に支えられながら生活してきた。
親と言う存在を持っていないボク達にとって、彼らがその代わりをしてくれていたようなものだ。
だからボクらは。日々の生活では欠かせないはずの、所謂家事などは全てにおいて、無関心。つまりは研究所任せでいられた。
食堂に行けばいつでも温かい食事が出て来るし、服なんか脱げばクリーニングに回されて新しい物を提供される。欲しい物は『これ』と言えば当然のように調達される。そんな毎日だった。
……そんな環境だったがために、ボクらは未だにお金と言う物の使い方や、生活家電の操作などと言ったものに疎い。
それを心配されて、庭を出る前にまずは研究施設の一角を使って一般人のような生活をさせてみよう、と言う事になったらしい。


『それぞれ自立した生活を。そして問題が発生したら力を合わせて解決せよ。』

……そう会長に言われ、ボクたちは新しく提供された住居に向かった。

正直、ボクはどちらでも良かった。そんなもの庭を出てからいくらでも学べる。でもまぁ知っておいて損は無いだろう。その程度に思っていた。
ゼブラとサニーは心底面倒くさそうだった。サニーはまだ庭を出なくても良いと思っている節もあった。妹の存在はそれほど大きい。
トリコはあまり深く考えていないようだった。
それでも。

「白衣のいない生活って、オレら初めてじゃねーか?」

トリコがこれ以上無い笑顔で言った。
鼻を衝く薬品の匂いやコンピュータの稼動音、白衣の研究者達の視線、検査、投薬、測定、等等。今まで嫌でも側に在った物が消えた生活。
誰の目も無い、何をしても記録されない自分だけの時間と空間。
それはボクら4人にとって戸惑いもあったけれど、ただただ魅力的で。
だからその場所へ向かうボクらの足は一度も立ち止まらなかった。ビオトープのどの辺りなんだろうか。ヘリから降りて、言われた通りに真っ直ぐ歩いてきた。延々と続く草原を。
他愛も無い話をしつつ歩き続けて、気が付くとボクらは丘を一つ越えようとしていた。と、遥か前方にそれらしき建物が見えた。それが切欠になったボクらは、誰からともなく走り出していた。








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