サイト開設記念に友人から頂いた素晴らしい三吉小説!たぎるぁああああ! ◆◆◆◆◆◆◆ 「刑部」 入室の許可を得るではなく、襖を開け放ち、低く唸るような声音で、けれども何処かしら優しく儚い声音で部屋の主を呼んだ。 しかし、彼は振り向くことはせずに、しゃんと伸ばした背筋の向こう、細い項(うなじ)を垂らして書物に目を這わしていた。 包帯を巻かれ、折れそうな程可憐な腕が風に揺れるように動けば、読み終え床に投げ出される紙は増し、彼の支える巻は痩せ細っていく。 その動作の度に、衣擦れと紙の乾いた音が部屋に優しく響く。 城の片隅に忘れられたように佇む彼の部屋はそれほどまでに静かであり、人も立ち入らない。 敢えて例外を言うなら、読んでも振り向いて貰えずに、地団駄を踏む幼子のような拗ねた声で再び彼を呼ぶこの男、石田三成くらいだ。 しかしながら、多少誤認を避けるために付け加えるならば刑部こと大谷吉継自体には来訪者はくる。 病持ちの彼を見舞う西軍の各々の大将や軍師など。(流石に小姓などは病を恐れ近寄らないが ) だが、そのどれもをこの西軍総大将は追い返してしまうのだ。 最初は何故かと問うたが、むっつり黙り込み答えることはなかった。 それから問うこともなくなり、だからと言って彼の行動が収まる訳でもなかった。 が、幼い頃より見知った仲である、薄々ではあるがその意図ないしは理由を大谷は感づいていた。 しかしながら、その導かれた答えに否々と目を瞑り続け、深くは考えず またか、と済ますことに勤めた。 「返事をしろ、刑部」 大谷のうしろではそろそろ黒い靄が立ち込める。 凶王、それが石田の異名だ。 そんなものに黒い気を当てられれば誰しも恐怖におののき助けを乞うだろう。 それをものともしないのは、 「やれ、三成。そんな物騒な気を振りまくでない。ほれ、こっちに来やれ」 大谷はちらりと後ろを振り返り、石田の膨れっ面に目をやると、ふっと目を細め、ぽんぽんと自分の隣にくるよう、正座をする足元の畳を撫でる様に叩いた。 すると石田は仁王立ちしていた足をすんなりと立て直し、幾分穏やかに大谷に歩み寄る。 その姿は何とも嬉しそうでもある。 石田を誰もが無表情だと宣う。 しかし、そうではないことを大谷は誰より知っている。 いや、この世で知る最初で最後の人間やもしれない。 石田は誰よりも純粋で誰よりも不器用なのだ。 言葉の使い方や気持ちの伝え方を知らない。 が、真っ直ぐだ。 多少進行方向は明後日でも、彼は全てを有りの儘ぶつけてくる。 よく見れば、顔も少し安らかな顔をしている。 彼はけして無表情ではない。 しかしそれを知り得るのも今や大谷のみで、彼の顔の色を見ることを許されるのもまた、大谷のみだ。 それがどうもこそばゆく、大谷は咽の奥を鳴らして笑った。 当の石田と言えば、未だ畳と繋がる大谷の腕をとり、それを潜り抜け、綺麗に折り畳まれた大谷の膝に頭を預け、ごろりと体を横たえた。 そして漸く安堵したのか、深く息を吐き出す。 程よくしまった筋肉もまるで緊張がとれたのか、大谷に預けられた体重は大幅に軽くなった。 仰向けに倒れ、眠ったように目を開けない石田の頬を撫でる。愛しいと感じた。 誰しもが畏怖する凶王が、自分にだけ無防備なのも、自分に対し依存し、自分に近づく輩に嫉妬し殺意を向けることも。 嗚呼、愛しい。 愛しい。愛しい。 我の、 滲み溢れる情愛に大谷は知らず頬を緩めながら比例するように石田の頬を優しく撫で続ける。 するとくすぐったかったのか、石田はぐるりと寝返りをうち、大谷の胴に擦り寄り、顔を埋めると両腕をがっちりと大谷の腰に巻きつけた。 「ひひっ」 大谷が笑う。 今や石田の美しい顔は大谷の腹と月のような白銀の髪に邪魔されて見えなかったが、なおも変わらぬ手つきで今度は石田の銀糸を撫でつける。 さすれば石田はまたギュッと強く絡み付いてきた。 それがまた愛しさを増幅させる。 嗚呼、愛しい、愛しい 我の、三成ーー 反転した瞳が更に細くなる。 美しい弧を描いているであろう包帯に隠された唇が「好きよ」と呟いた。 それを、また灼けた月のような金色の瞳がちらりと盗み見る。肯定のように一瞬ゆらりと金色が揺らめくと灼けた双月はゆっくりと雲に消えた。 ーー我の、(私の) こころを掴んで離さない 主、(貴様)ーー 三吉(友人からの頂き物!) |