迅悠一という男は死にたがり野郎だ。

 正確に言うと、彼は死にたいと思いながら行動しているわけではない。未来視とかいう変なサイドエフェクトのせいで結果として自分を犠牲にするのを厭わないだけだ。もっとも、そのサイドエフェクトのおかげで戦闘をかなり有利に進めることができているのも事実なのだけれど。

 未来なんて、介入していい方向に変えてあげる義理なんかない。自分で全部決めて、それが悪い方向だったって自分で選んだ道だし、仕方がない。そういうものだと思うのに迅悠一はお節介だ。ついこの間もあれはダメ、これはダメ、と助言を受けたばかりだ。

 しかもこれが世界の危機とか、ダイナミックな案件になるとさらに厄介でどうすることで最小限の被害で収められるかを常に考えながら行動し出す。本当に厄介だ。きっと自分が死ぬことが最小限に含まれるのならば平気でその未来を選択する大バカ野郎だ。自己犠牲なんて誰も求めていないのに。

 ――そんな大バカ野郎を止めたいと、私は思うのだ。


**


 けたたましい音量でネイバー出現を知らせる警報が鳴り響く。迅によれば今回の襲来は規模としてはそれほど大きいものではないらしいし、来るのももう少し先になるらしい。ただ、おそらく前者は本当だろうが後者は嘘だろう。だって今朝玉狛支部を出るときに、まだ当分先だと思うから大丈夫と言ったその口で、今日はここには近づくなという指定をしてきたのだ。もっとうまい言い方がなかったのか。彼は案外嘘をつくのがうまくはない。私は少し呆れながら迅の肩をぽんと一度たたいてから外に出てきた。迅がまた一人で背負い込もうとしていることは未来を見なくてもわかった。


 迅が私に近づくなと言った場所は、正確にはいま迅がいる場所ではなかった。おそらく迅がいるのはその数十メートル先にある広場だ。私は迅の肩に触れた時に浮かんできた情景をもとにその場所を探し出す。

 未来に介入するなんてそんなこと絶対やだし、やるもんかと思っていたはずなのに無意識にサイドエフェクトを使っていた。迅と同じように未来を見ることができるサイドエフェクトを持っているのだけれど、基本的に未来なんて見たくない私のサイドエフェクトは便利なことに見ないことも選択できる。自分の意思で未来を見ることができるのだ。だから普段は絶対に見ないのに、気が付けば迅の未来を見ていた。おそらく迅は私の代わりにネイバーと戦っているところだろう。バカな迅は、本来ならば私が遭遇するはずだったネイバーと交戦しているのだ。

 たぶん迅には私が死ぬ未来でも見えたんだと思う。バカだ。やっぱりバカだ。だって私には迅が死ぬ未来が見えているんだから。


 迅を救うには迅がいま戦っているネイバーを倒すしかなかった。近くには誰もいないから誰かと連携することはできないし、待っている余裕もない。私がやるしかない。

 一度目を閉じてイメージする。敵を倒すイメージ、迅を救うイメージ。すうっと熱が抜けていくのがわかる。どんどん冷静になっていく。私はゆっくりと瞼を開けると、戦場へと向かっていった。



 「名前……!」

 迅はなんでいるんだと今にも迫ってきそうな渋い顔をしていたけれど、怒りたいのはこちらの方だ。

 結論から言うとネイバーは倒すことができた。カメレオンを使いながら近づいた私がまず左腕を削り、じわじわと相手の戦力を削っていきながら戦うかなり地味な戦法で、最後は迅がとどめを刺すことで決着がついた。

 終わりよければすべてよしとは言うが、私は迅の姿を改めて視界にいれてみればやはり怒りしかこみあげてこなかった。彼の体は正直かなり破損していた。何があったのか詳しくは知らないが、私が合流していなければ最悪の事態もあったかもしれないと思うとぞっとした。

 私は迅の方へ早足で近づいていく。そして大きく息を吸った。

 「バカなの! 久々にサイドエフェクト使っちゃったじゃん!」

 「珍しいな。……で、俺の未来、わかっちゃったわけ?」

 「そう、アンタの未来筒抜けだから。大体私を逃がして自分が足止めして、結果命を落としても構わない戦法なんてあり得ないから。誰も望んでないから。……もう、こんなことすんな」

 握りしめた拳を迅の胸に押し付ける。
 私は迅を救うことができた反動からか、ほっとして涙がこぼれそうになった。そんな私を迅はやさしく背中をさすりながらなだめる。まるで赤子になったようだ。

 「うん、ごめん」

 迅はそう言って困ったように笑ったけれど。たしかに申し訳ないと思っているだろうけれど。それでも必要とあらばどんなことだってしちゃうんだろう。みんなが、私が、どれだけ悲しむ未来が見えようとも。

 わかってる。そういうやつだ。迅はいつだって死にたがりだ。

 本当は他人の人生に介入するのなんて大っ嫌いなのに、気が付けばいつだって迅の未来を覗き見て一喜一憂してしまう。ある種執着だと、わかっているけれど。

 私は迅の服の裾をぎゅっと握りしめた。この人を死なせないと改めて心に誓いながら。





(死にたがりの英雄)




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