太刀川慶はずぼらな男だ。

 私と太刀川は高2のときに付き合い始めた。はじめて同じクラスになって、噂には聞いてたけどアイツのあまりのアホさ加減に呆れながら勉強を教えたのがきっかけとかだったと思う。
 私は晴れて太刀川の彼女になってしまったわけだけれど、奴はマメに連絡をしてこない。というかアイツから連絡来たことはほぼない。しかもこちらからの連絡も頻繁にシカトするし、ついには丸々1か月連絡が取れないなんてこともあった。会ったとしても扱いは雑だし、たぶん私のことを彼女だなんて思ってない。
 だけど時々たまーに、本当に優しい時があって私はいつもそれにほだされてしまうのだ。ほだされ続けてもう1年も経ってしまった。


 ――けど。

 本当にちゃんと愛かどうかは知らないけれど、確かに太刀川は私のことが好きだと思う。大切に思ってはいると思う。

 でももう、耐えられなかったのだ。

 何度も。何度も何度も連絡したのに返事は返ってこなくて、途方に暮れてもういやだと思った。こんなのが一生続くのかと思ったら、たまらなかった。

 太刀川と連絡がつかなくなって、ついに2か月と4日が過ぎた。私にとってそれはあまりに長い時間だった。
 私はここ数日間、ずっと悩んでいた。太刀川はずぼらで適当で、バカだけどやっぱり好きなのだ。私の頭をくしゃりとなでるあの手だったり、得意げに笑うあの表情だったり。思い返せば好きな部分ばっかりだ。

 「バカ野郎」

 私はそうつぶやきながら太刀川に文章を送り付ける。悩んで悩んで、決めたことだった。もう後戻りはできないと思った。ムカついて、一時の感情で書いては消してを繰り返していた文章だったけれど、何度も繰り返し見るうちに一時の感情ではなくなってしまった。私の正直な気持ちだ。

 『2か月以上連絡が取れない人なんて、他人です』

 その文章に『わかった』とかいう短い返信が来たのは、一週間後のことだった。


 太刀川とは3年になってからは違うクラスで、どうやら奴は連絡が取れない間は学校もずっと休んでいるらしかった。理由は聞いても教えてくれないし、今更知りたくもない。連絡がきた次の日には、太刀川は長い休みから復活していた。クラスメイト達と楽しそうに談笑している姿はよく見かけられて、私はその度に私の存在があまりにも小さいものだったことを知る。

 でももう少しの辛抱だ。

 太刀川は正直、壊滅的に頭が悪かった。一方で私は上位20人には入る学力を持っていたし、すでに市立大学からの推薦を受けていた。卒業すれば一生会うこともないだろう。そう思えば自然と心も軽くなった。


 もう話す機会もないだろうと思っていた私と太刀川だったが、その機会は意外なことに高校在学中にやってきた。卒業式の日だ。校庭で部活の後輩たちに送り出されていたのだが思ったよりも別れの挨拶が長引き、周りには生徒はあまり残っていなかった。荷物は教室に置いたままである上に、クラスメイトとの打ち上げの集合時間はせまっていて、私は急いで教室に向かっているところだった。ふと太刀川が視界に入ってきたのだ。何をしていたのか廊下に一人佇む太刀川は、私を見て驚いた表情を浮かべていたが恐る恐るといった調子に「よお」と声をかけてきた。

 「……久しぶり」

 「おう。三門市立大学受かったんだって? おめでとう」

 「ありがとう。太刀川は? 就職?」

 「おまっ! 俺を何だと思ってんだ! 俺だって4月からは大学生だ!」

 太刀川はちょっと拗ねたようにそう言った。そんなやり取りがひどく懐かしくて、私は思わず笑う。太刀川もそれにつられたように笑っていた。

 「今までありがとう」

 その言葉はすっと飛び出してきた。太刀川との関係はもう終わっているはずなのに、完全に終わらせてしまうのがずっと怖かった。過去にしてしまう言葉なんて、たとえ感謝の言葉でも口にする勇気がなかった。だけど、このままではお互い前に進めないと思った。前に、進みたいと思ったのだ。

 「俺こそ、ありがとう。そんで、ごめんな」

 太刀川はそれだけ言うと、私の前からすぐに立ち去っていった。これが私と太刀川の最後の会話だ。これから先はお互いの幸せを見守らない距離で、数年に一回くらい耳にするくらいの距離で何をしているのか幸せなのかを知る関係になる。完全に、終わってしまうのだ。

 そう思っていたのに。


 「ねえ、おかしくない?」

 「それもう何回も聞いたから」

 高校時代からの友達である里沙とは大学も同じであり、こうしてカフェテリアで一緒に食事をとることも珍しくなかった。

 「おかしいでしょ! なんで私が苦労して入った大学に! 太刀川が! いるのよ!」

 「はいはい。それでボーダーの推薦だってことも何回も聞きましたから」

 「ありえない!」


 私と太刀川の関係は、まだ終わらない。

 ――かもしれない?






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