小刻みに揺れる。その揺れはリザリアの心の歪みのよう。尤も、リザリアの歪みはそんな可愛いものではなかったが。

 リザリアは結局、アーデルテに連れられて王都に向かうしかなかった。それ以外選ばせてくれなかったのだ。
 無理にイストーヴァに残ろうとすれば、国王の力で村が潰されることになる。そう、アーデルテは戸惑いを隠せないリザリアにだけ聞こえるように告げた。それが決定打だった。

 リザリアは大きくため息をつく。まさか初めての「村の外」というのが、このような形だとは、思いもしなかった。
 ハンナと一緒だったらどれだけよかったか。そう思いながら目の前に座るアーデルテを盗み見た。
 この狭い馬車の中で、しかもこの男と二人っきりと言うのはリザリアにとって苦痛でしかなかった。

 リザリアにはミーハーな部分がある。もしこれがこんな状況でなければ、喜んでアーデルテの前を陣取っていただろう。それほどにアーデルテは魅力的な男だった。貴族の女にも勝るとも劣らぬ透き通るような白い肌に、それとは真逆の黒い髪。容姿ならリザリアが見てきた中でも群を抜いていた。
 だがしかし、こんな状況だということに加え、平気で脅し文句を吐くような男だと分かるや否や、その容姿は気にならなくなった。むしろ同じ空間にはいたくない、と思うほどに。

 「はぁ……」
 リザリアはアーデルテに気付かれないようにため息をつく。窓から広がる景色は緑豊かで、この国の豊満さを表しているようだった。いつもならそれはリザリアにとって誇らしいことなのに、今は違う。
 馬車に乗せさせられてここに至るまでずっと、自分が姫だという実感がわかなかった。幼い頃からずっとイストーヴァで泥まみれになりながら遊んでいたのに、それを受け止めろという方が無理な話である。
 「はぁ……」
 リザリアはもう一度、ため息をついた。それは先程より少し大きくて、口許を押さえてから、アーデルテのことを盗み見る。アーデルテはリザリアの目線には気付いた様子だったが、窓の外から視線を外さずに口を開いた。
 「好きなだけため息をつけばいい。どうせ運命は変わらない」
 「……嫌な言い方」
 リザリアは睨み付けるようにアーデルテを見た。アーデルテはそれすらも気にならないようだったが、今度はしっかりと目線を合わせる。
 「事実でしょう」
 そのきれいな唇から紡がれた言葉はまたもリザリアを不機嫌にさせた。だが、その不機嫌さも一気にさめて、現実が舞い戻ってくる。
 「なんで、私なのよ。私が国王陛下の娘だなんて、絶対にありえない」
 その言葉の語尾はアーデルテにも聞こえるかどうかというほどに、小さく、力ないものだった。
 「貴女のお母様は昔、現正妃様付きの侍女だったそうです」
 初めて聞く事実に、リザリアはアーデルテにもわかるほどに、肩を震わせた。そしてリザリアは、アーデルテをじっと見つめた。
 「国王陛下は貴女のお母様の美しさ、聡明さに惹かれたと聞いております。現正妃様も、二人が幸せになることを願っていたそうです」
 「そう」
 リザリアの発した声は空気に紛れて消えていく。アーデルテはそれを見ながらも言葉を紡ぎ続けた。
 「ですが、貴女のお母様は行方をくらましました。……国王陛下の子を身籠ったまま」
 「そうして、生まれたのが私なのね」
 「その通りです」
 リザリアは複雑な心境になりながら、それを落ち着けようと窓の外に目をやる。前方にはリザリアが見たことのないような豪華な町が見えてくる。
 「リザリア様、もうすぐ王都に到着いたします」
 窓から入ってくる風がリザリアの髪を揺らす。金色の鮮やかな髪はアーデルテの視界を、踊るように舞った。
 「王都に入りましたら、そのまま城に向かいます」
 「……ええ」
 覚悟を決めなければいけない。リザリアはそう思いながら震える手を抑え込んだ。
 馬車はどんどんと進んで行き、やがて王都に入る。王都はリザリアが見た中で最も華やかで活気があって、素晴らしい町だったが、それを楽しむ余裕はなかった。
 町行く人はリザリアの乗った馬車をもの珍しそうに見上げる。いままで目線を窓の外に据えていたアーデルテも、いまは外を見ていない。
 「手を、振って差し上げたらどうですか」
 アーデルテの口調は優しく穏やかな、リザリアに提案するようなものだった。だが、
 「ごめんなさい」
 リザリアはそう言うと、ふさぎ込むように一切窓の外を見ようとしない。アーデルテは小さく息を吐いた。リザリアはそれにも気付かない様子でただ、スカートの裾を握りしめる。
 そして馬車は、城の中に入っていった。

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