「彩月(さつき)さぁ」
 「うん?」

 小首をかしげながら、目の前にいる梓(あずさ)を見る。梓は眉間に皺を寄せていた。

 「ダメだからね、そういうのについていっちゃ! 今回は大丈夫だったけど、ヤバイときだってあるんだから!」

 私は思わず梓の迫力に気圧される。私が椅子に座っていて、その隣に梓が立っていたからか、その迫力はいつにも増してすごかった。

 「は、はい」

 震える声でそう言う。梓はまだ飽きたらないのか、言葉を紡ぎ続けた。

 「いい? 盟女の制服着てるだけで、危険度上がるんだからね?」
 「そ、そうなんだ?」
 「ここの制服、マニアに人気らしいからね」

 はぁっとため息をつく梓。私は初めて知る事実に少しだけ驚いていた。

 盟和女学院に入学して早2年。制服がかわいくて、それなりに学力のある盟和女学院、通称盟女はかなりの人気校だった。かくいう私も、この制服目当てみたいなもんで受験したわけだけれど……、と目の前の梓の着ている制服を見る。

 赤いチェックのスカートにリボン。漫画とかではかなりスタンダードかもしれないけれど、現実は――少なくとも私の地域では、違う。こういう制服は結構珍しい。だからこそ、盟女は不動の人気を誇っているんだろうなあ。

 「で、結局傘はどうしたの?」

 梓は椅子に座っている私を見下ろしながらそう言った。特に意図もないんだろうけど、それが無性に私を攻め立てている気がした。たぶん、自分が勝手に罪悪感を感じているからだけど。そう思いながら、口を開く。

 「折り畳みの方は鞄に入ってるけど、長傘は家で干してる」

 言ってから、長傘を私の手元に残していってしまった彼の後ろ姿を思い出す。

 「風邪、ひいてないかな……」

 私の家に程近いあの場所から彼の家が、どの程度かはわからない。だけど少なくとも私と彼は小学校の学区が違う。だとすれば、結構遠いんじゃ……?

 そこまで考えて、ますます罪悪感が募り始めて、頭を抱えたくなる。

 「わかんないけど大丈夫じゃない? 男だし」
 「確かに性別は男だけど、結構細かったし、風邪、ひきやすそう」

 とは言っても、正直あの空間は緊張と恥ずかしさとが混ざり合って、彼のことをまじまじと見ている余裕はなかった。強いて思い出すのは、背が高かったことくらい。

 「彼とは遭遇してないわけ?」

 梓はさほど興味なさげに聞いてくる。

 「遭遇してたら傘、返してるもん」

 私は恨めしげに鞄を見た。鞄の中に入った傘がずしりと重い。

 「ああ、そう。じゃあ、どこ高の人なわけ?」
 「えー……」

 おぼろげな記憶を引っ張り出す。が、彼がどんな制服を纏っていたかなんて、覚えているわけがなくて。その一連の作業は、ただ無駄なだけだった。

 「わかんない、かも」
 「じゃあさ、カッコいい? そうでもない?」

 さっきまではまったく興味なさげだったのに、少しは興味を示した様子でそう聞いてくる。私が思い出せる彼の特徴といったら、背が高いことと焦げ茶色っぽい髪の毛くらいなもの。だけど、

 「カッコいいんじゃないかな」

 雰囲気とか、なんとなく、だけど。

 と、心の中でつけたす。目の前では梓が楽しそうに「へぇ」と言ったところで、カッコいいと言った自分が恥ずかしくなった。

 「え、なになに? もしかして彩月、初恋?」
 「そ、園(その)ちゃん?」

 梓の勢いとは比べ物にならない勢いで、園ちゃんこと、前原(まえはら)園美(そのみ)が入ってくる。

 「違うからね、全然! 借りた傘をどう返そうか悩んでるだけ!!」

 少しだけ顔を赤らめながらそう言うと、園ちゃんはきょとんとした顔をした。

 「あ、そうなの? なーんだ」

 園ちゃんはすっかり意気消沈した様子だったけれど、私の前の席に腰を下ろす。そんな園ちゃんを眺めながら、やっぱり園ちゃんは可愛いなぁなんて、ぼんやりと思っていた。

 「園ちゃんこそ、彼氏はどうしたの?」

 ぼうっとする私をよそに、梓は園ちゃんにそう尋ねた。園ちゃんは肩をすくめてみせてから、唇を動かす。

 「もうとっくに別れた」
 「えーっ!? 結構長かったのに!」
 「長く付き合っといてなんだけどね、全然イイ男じゃないことがわかって、フッた」

 おおっ。よくわからないけど、そんなもんなのかな?

 女子高にいると、わりかし出会いがない。合コンだとかそんな話も舞い込んでこないし。……っていうのは、私だけだったりしたら悲しいけど。それに私の場合、そんなに男子と積極的に話す方じゃない。

 「あー、彼氏ほしー」

 園ちゃん……アグレッシブ。

 園ちゃんは机の上で項垂れる。ちらりと梓に目を向けると、少し苦笑いをしながらも、園ちゃんを暖かい目線で見ていた。

 彼氏、かあ。うーん、縁がないな。
 いつか、私にもできるのかな。かなり遠い未来になりそうだけど。

 そんなことを思いながら、私は梓と同じように園ちゃんをぼうっと眺めていた。





 鞄の中はずしりと重い。もしかしたらそれは私の勘違いかもしれないけれど、その原因は間違いなくこの折り畳みにある。私は鞄を一瞥した。外見は何一つ変わらないけれど、中身は違う。

 早く、返さないと。

 そう思いながら、改札を抜けた。私の周りには高校生らしき人もたくさんいたけれど、例の彼の姿は見当たらない。

 やっぱり会えないか。

 とは思いながらも諦めきれずに、あたりをきょろきょろと見渡す。それでもやはり彼はいなくて。なんとなくこの行為が虚しくなった。

 電車の時間はいつもと同じだった。彼と会った2回も、まったく同じ時間に乗っていた。だから同じ時間の電車に乗っているのかと思ったけれど、あれ以来一度として同じ電車になったことがない。

 ふうっと息を吐く。

 今日もまた、いなかった。そんな思いを抱えながら駅を出た。

 太陽がじりじりと私を照らして、肌を焼こうとする。そんな太陽を恨めしげに見上げた。空は雲ひとつない快晴。心が洗われるような清々しいものではあるけれど、なんとなく物寂しい。

 私の鞄の中はいまだに、重たかった。



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