クローゼットの前に立って、あれこれと洋服を選ぶ。洋服はベッドの上さえも埋め尽くして、もう何がなんだかわからない。

 でも、やっぱり「彼」には一番の自分を見てもらいたい。可愛い自分でいたい。
 そう思いながら洋服を選ぶ、ウキウキの朝。

 ……なんて、私に来るはずがなく、今日の朝は

 「彩月! アンタ、休みの日だからってだらだらしてちゃだめよ!」

 という母の声で目覚めた。


 あの、メールを送った日から私は意図的に伊勢谷くんに会わないようにしてしまった。と、言っても、朝の電車の時間をずらすくらいしかしていない。もともと伊勢谷くんは朝練があるし、部活がないのは雨の日だけだ。しかもあの日から雨は一度も降っていない。だから私は朝の電車さえ変えてしまえばもう、伊勢谷くんに会うことはなかった。

 一方で園ちゃんとは同じクラスだし、毎日顔を合わせていた。私は基本的に梓といるけれど、それに園ちゃんが混じったりと、私たちは以前と同じように過ごす。だけどなぜか園ちゃんも私も、伊勢谷くんのことについては一切話さなかった。

 いや、話せなかったんだと思う。

 園ちゃんは園ちゃんで約束の日を思って緊張していたのだろうし、私は私で、園ちゃんと伊勢谷くんの話をする気にはなれなかった。

 そうしてやってきた約束の日。私の携帯には園ちゃんからも伊勢谷くんからも連絡はない。しかも外は雨。私と伊勢谷くんが出会ったあの日のような土砂降りだ。

 そうか。伊勢谷くんはいまから、この雨の中で園ちゃんと会う。たぶん2人は付き合うのだろう。伊勢谷君の気持ちは知らないけれど、園ちゃんに告白されて断らない人はいないと思うもの。そんなハッピーエンドで、私はただの邪魔者だ。……いや、2人をつなぎ合わせたんだから恋のキューピッドなのかな? もしかして。

 役にたてたとしたなら、それでいい。私は満足だ。

 そう、思うのに。いくらお母さんの私を呼ぶ声が聞こえてきたとしても、起き上がれない。体が、重たかった。鉛みたいに。なんでかはよくわからないけれど、もう動きたくなかった。

 「なんで、なんだろう」

 自分の気持ちをわからないだなんて、思い込んで。きっと本当はわかっているんだ。伊勢谷くんを思う私の気持ち。彼の笑顔を思い浮かべるだけで、彼と過ごした時間を思い浮かべるだけで温かい気持ちになる、その正体に。

 でも、認めたくはなかった。いや、認められなかった。

 だって、……だって。

 認めてしまったら、足元がすべて崩れる気がして。もう元には戻れない気がして。私はただただ、怖かった。

 「私、伊勢谷くんのこと、」

 言葉が上手く出てこなかった。いくら頭でなんとなくとは言え、理解していようとも、口に出してしまったらもう、戻れない。認めるしかない。だけど私は、

 「好き、……なんだ」

 最後の悪あがきとでも言わんばかりに、そう呟いた。

 その言葉はすとんと胸の奥に落ちて、そして広がっていく。脳内では幾度か反芻され、繰り返されるたびに思いは強くなっていく気がした。

 でも、叶うことはない。

 この雨の中。私が伊勢谷くんを思い起こす雨の中で、きっと園ちゃんは伊勢谷くんに思いを伝えて、2人は愛し合う。

 なんで今日、雨なんだろう。私はこの雨のせいで伊勢谷くんを忘れられない。枕に顔を埋めたって聞こえてくる雨音が私の心音を乱してやまない。顔を上げれば飛び込んでくる雨が、いま我が家にある伊勢谷くんの長傘が、私を逃してはくれない。

 時刻はすでに10時を回っていた。園ちゃんと伊勢谷くんはそろそろ会っている頃だろうか。

 「辛いなぁ」

 ぽつりとこぼしただけの言葉は、私にこびりついて離れてくれない。そう、ただ辛かった。だけど、泣くことなんてできなかった。だってこれはすべて、自分で選んだ道だから。

 「そうだよ、いいの、私は」

 自分に言い聞かせるように、私は口早にそう呟く。

 「いいんだ。うん、いいの」

 何度も何度も繰り返して。それでも胸の奥で燻っては湧き出してきて。

 ああもう、どうすればいいんだろう。
 そんなこと考えたって、結末はひとつしかないのに。

 私は、はあっと大きなため息を吐いてから、机の上に置かれた携帯電話を見た。

 もし、何かあれば園ちゃんか伊勢谷くんから、連絡が来るのだろうか。それとも、楽しすぎて私のことなんて、忘れてしまっているのだろうか。

 私は携帯を恐る恐る掴む。着信も、受信メールもまだない。そして携帯は今日、園ちゃんと伊勢谷くんからの連絡を知らせることはなかった。




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