空はどんよりと暗い。そして私を、待ち受けるのはどしゃ降りの雨。
 いつもならちょっと嬉しくなってしまうそれも、いまは嬉しくない。


 園ちゃんと話終わってから私は、梓にすべてを話した。私の、不確かな想いを除いたすべてを。

 正直どうすればいいかなんてわからなかったし、その答えを梓に求めていたわけでもなかった。どれが正解か。そんなことがわからなくても、私がやることは決まっている。園ちゃんと伊勢谷くんが幸せになればもう、それでいい。幾度考えを巡らせようとも、出てきた答えは結局それだった。

 梓は苦々しげな顔をしていたけれど、「彩月の好きにすればいいよ。私はそれを応援するから」と。笑いながらそう言ってくれた。

 本当は私に選択権なんてない。
 だって、園ちゃんを見捨てることなんてできる? この不確かで自分でもよくわからない気持ちに名前を付けて、伝えることができる?

 いや、できない。私にはそんなこと、できやしない。
 園ちゃんのあのモデルのような長身に、柔らかな栗色の髪。ぷくりとした唇。ぱっちりと開いた瞳。
 どれを取っても勝てる気がしないし、勝とうとも思わない。……伊勢谷くんの隣に、ぴったりだ。

 「はぁ」

 そう大きなため息を吐きながら電車を待つ。

 帰り道、駅のホーム。地面を打ち付ける雨が跳ね返ってきて鬱陶しい。そんな私の隣には梓も、ましてや園ちゃんもいなかった。

 1人になりたかった。どうせなら伊勢谷くんとの待ち合わせもすっぽかして。でも、そんなことできなかった。だから私はいまここにいるのだろうし、こうして、伊勢谷くんが指定した号車に乗り込んでいるのだと思う。

 電車の中は、すかすかだった。私は乗り込んだドアすぐのところの、角の席に腰を下ろす。
 海南高校の最寄り駅までは20分弱。それが憂鬱で仕方なかった。





 電車がゆっくりと速度を落としていく。そしてドアが、開いた。

 正直、開かなければいいと思った。でも、ドアの向こう側に海南高校の制服が見えた瞬間、その気持ちが揺らいでしまった。

 ゆっくりと電車の中に入ってくる彼。今日がテスト最終日で、しかも雨だからか、海南高校の他の生徒はいないようだった。そんな中で伊勢谷くんは私に近づいてくる。

 「隣、座っていい?」
 「……うん」

 そう言って伊勢谷くんは私の隣に座る。その瞬間に椅子が軋(きし)んだ。

 「あ、」

 伊勢谷くんはにっこりと微笑みながら言葉を続ける。私の心の中は何もまとまらなくて、ドロドロとしていて。正直話なんて聞いていられる心境でもなかったけれど、伊勢谷くんが隣にいて、こうして話してくれるのが嬉しいのも本当のことだった。

 「団体戦ね、メンバー入ったよ」
 「えっ!」

 思わぬ知らせに、私は心の中をすっからかんにさせてしまって、思い切り顔を伊勢谷くんの方に向けた。伊勢谷くんはいつもよりもずっと子供っぽい顔で笑っている。

 「試合、出られるんだ」
 「わあ、おめでとう!」

 そう言って笑顔を向けて。なんでだろう。このタイミングで脳裏に、園ちゃんの言葉が浮かんだ。

 ――彩月から、誘ってくれない? ……私の名前を、出さないで。

 私、なんて答えたんだったっけ。ああ、いいよって、言ったのか。

 急に何か重いものが沈み込んでくるような感覚に襲われる。表情だけはなんとか保っていたものの、これ以上うまく笑える気がしなかった。

 「うん、ありがとう」

 伊勢谷くんの言葉が、声が。途端に苦しくて痛いものになった気がした。

 「そういえば宮辺さん、猫は好き?」
 「猫?」

 突然のことに私は戸惑いながら声を上げる。伊勢谷くんはそんな私をちらりと見てから自分の鞄を漁り始めた。

 何してるんだろう。そう思いながらやることもなしに、ぼうっとその様子を見ている。そして伊勢谷くんが取り出したのは携帯で。彼は何かを探すようにそれを弄り始めた。

 「あった。これこれ」

 伊勢谷くんは私に携帯の画面を見せる。そこにあったのは、ソファの上にごろりと寝転がっている猫の姿。しかもカメラ目線だったそれに、私は簡単に心奪われた。

 「か、可愛い……!」
 「だろ? こいつ、うちで飼ってる猫でジローって言うんだ」

 伊勢谷くん、猫飼ってたんだあ。

 また一つ、伊勢谷くんのことを知れたという嬉しさに、園ちゃんの存在が混ざり合って、私はどうするべきなのか見当もつかない。

 私は心を落ち着かせるために、その写真を食い入るように見つめた。混じりけのない真っ白の毛並みが、写真でもわかるくらいやわらかそうで触りたくなる。

 「宮辺さん、この写真、いる?」
 「え、いいの?」
 「うん。じゃ、メール送るからアドレス教えて」

 私は鞄から携帯を取り出す。何の変哲も、可愛さの欠片もない真っ白の携帯。ストラップもなにもついていないそれは、全く女の子らしくなかった。

 「えっと、赤外線? 私が送るんで大丈夫?」
 「うん」

 伊勢谷くんは私が携帯を弄る様子を見ていたようで、視線が突き刺さる。人に見られながら操作するのは恥ずかしかった。

 「あ、準備できた」
 「俺もできてる」

 そうして私は伊勢谷くんが突き出していた携帯に自分のそれを向ける。赤外線ってなかなか繋がらなくて何度も施行することもあるんだけれど、今日は大丈夫だったようで私のアドレスはすんなりと伊勢谷くんの携帯に吸い込まれていった。

 「そろそろ着くね」

 思えば、伊勢谷くんとこうして待ち合わせて一緒に帰るのは初めてだ。でもたぶん、初めてで、今日が最後だ。私は使命を全うして伊勢谷くんと園ちゃんを引き合わせなければいけないし、それが終わればもう会うこともないだろう。

 でも、それでいいんだ。
 最初っからそういう運命だったんだと思う。……そう、思うことにした。

 私たちは電車から降りる。そして改札に向かっていったけれど、外は朝と同じようにどしゃ降りだったようで、地面に打ち付ける音が聞こえてくる。

 憂鬱だ。雨のせいだけじゃないのだろうけど。

 雨、ひどいね。
 なんて笑いながら伊勢谷くんは傘をさした。私の手にはしっかりと傘が握られていて、私も同じように傘をさす。

 雨の日なのに。伊勢谷くんと一緒なのに。

 なにも嬉しくなかった。相合傘じゃない分のこの距離が、もどかしくてたまらなかった。

 ……埋める気なんて。埋める勇気なんて、到底ないくせに。



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